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本日のゲスト

株式会社東洋食品 専務取締役 荻久保 瑞穂

設立:1966

事業内容:集団給食の受託(主として学校給食)など

推薦理由 - Reason for recommendation
中村仁彦

中村仁彦

富士産業株式会社 代表取締役

株式会社東洋食品は1966年創業の学校給食受託事業を主にした老舗給食企業です。特に2005年に日本で初めて学校給食センターのPFI事業受託を開始して以降、堅調に業績を伸ばし続け、学校給食部門において売上・PFI受託件数共に日本一、唯一無二の企業に成長されました。荻久保 瑞穂氏は、お祖父様の創業された家業を更に進化させるべく、2016年に事業参画された経営者です。外資系大手金融メディアや同じく外資系大手投資運用会社等、世界経済の最前線で活躍してきた先進性を給食業界に取り入れ、既存事業と親和性の高いホテル事業・外食事業に参入する等、変化を恐れない姿勢には敬服と同時に強い共感を覚えます。業界の活性化を共に行う良き仲間でもある荻久保氏を心より推薦致します。

はじめに

子どもたちの健康的な成長を支えることと同時に、学校生活の大きな楽しみのひとつである「学校給食」。誰もが親しんできたこの仕組みの裏側では、緻密で過酷なオペレーションが日々実行されている。


一般的な外食や中食以上に、学校給食には非常に高い水準の絶対的な安全安心が求められる。加えて、人手不足が深刻化する中、複雑化するアレルギー対応といった食へのニーズ多様化、さらには自治体ごとの予算制約など、現場に求められる要求の数と種類は増す一方であり、調理現場の負担は年々重くなっている。デフレのビジネスモデルからの脱却が叫ばれるいま、あたたかく安全な食事を子どもたちに届けるこのインフラの維持は、社会全体の大きな課題だと言える。


大きな課題に直面している学校給食の分野において、パイオニアとして市場を牽引してきたのが株式会社東洋食品だ。1日150万食を調理し、受託先は全国44都道府県、提供学校数は4,000校を超える。学校給食受託において国内No.1という圧倒的なシェアを誇りながら、特筆すべきは1966年の創業以来「食中毒ゼロ」を継続していることだ。


今回は、外資系金融機関を経て家業である東洋食品に転身した後、数々の社内改善を実行し、現場に仮説思考を浸透させてきた荻久保専務にインタビュー。転身時に直面した壁やその乗り越え方、数々の改革を進めた際の拠り所、そして給食インフラの未来にいたるまで、ThinkD単独でじっくりお話をうかがった。



外資系金融から転身し、祖父と父が育てた家業を継ぐまで

─────どのような幼少期を過ごしてこられたのか教えてください。


自分では普通の家庭で育った普通の子どもだと思っています。給食業界には後継ぎが多く、小さい頃から「君が後継ぎだよ」と言われて育ってきた方もいますが、私はそうではありませんでした。親が事業をやっていることは中学生になるまで知りませんでしたし、父親は普通の会社員だと思っていました。


一方、母親は当時の労働省(現 厚生労働省)で働く官僚でした。私が小学6年生のときに病気で亡くなりましたが、母の生き方は、いまの私に大きな影響を与えていると思います。


男女雇用機会均等法が施行された1980年代半ばに小学生時代を過ごしていましたが、結婚や出産をしても男性と同じように働くのが当たり前という家庭環境で育ってきました。母親からは「男女平等の世の中にするために、国家公務員としてがんばっているんだよ」と聞かされていましたし、イキイキと楽しそうに仕事をしている姿を見ていて、「大人になったら自分もこんな風になりたいな」と漠然と思っていました。


小学校を卒業して、中高一貫の女子校に進みました。英語の教育に力を入れている学校で、生徒の2割くらいは帰国子女だったと思います。そのため、「英語を勉強して将来は外国で仕事をしてみたい」と考えるようになりました。


─────その後、東京工業大学(現 東京科学大学)に進学されたと伺いました。どのような学生時代だったのでしょうか?


大学では競技スキー部に入部してアルペンスキーに打ち込んでいました。年間で90日くらいは雪山に入っていたので、前期にできるだけ単位を取り、後期はほとんど合宿や大会に参加するという生活でした。


東工大のスキー部はほとんど男子校のような雰囲気でしたが、なんとか最後までやり抜きました。ちょっとやそっとでは諦めない根性と忍耐力だけは身についたと思っています(笑)。


─────学業のほうはいかがでしたか?経営工学を専攻され、博士課程を修了されていると伺いました。


そうですね。品質管理や生産管理の権威である圓川教授(現在は名誉教授)の研究室で学んでいました。圓川名誉教授はもう退官されていますが、これまでに品質管理において多くの功績を残され、紫綬褒章や瑞宝中綬章などを受勲されていらっしゃいます。


品質管理やサプライチェーンマネジメントの分野におけるトップランナーで、とても人気がある研究室だったのですが、運良く希望が叶いました。研究室では膨大なデータを用いて統計分析することで、因果関係や背後にある共通性などを導き出していきます。パッと見ただけではわからないことを分析して明らかにしていくプロセスに面白さを感じていました。


─────大学院卒業後についても教えてください。


もともと、博士課程で顧客満足度を研究していて、海外の学会などに参加するなかで、ロンドンのブルームバーグでインターンの募集を見つけました。昔から「外国で働いてみたい」という想いがあったので、電話面接を受け、インターンができることになったときはとてもうれしかったです。


一人暮らしも、海外での生活も初めてでしたが、すごく刺激的で「このままロンドンで働き続けたい」と考えていました。しかし、ロンドンでの正社員ポジションの選考にはパスすることができず、代わりに東京オフィスで内定をいただいたので、卒業後は東京でのキャリアがスタートしました。


─────ブルームバーグではどのような仕事をしていたのでしょうか?


最初はカスタマーサポート(以下 CS)として、お客様からの問い合わせ対応や新しいサービスの営業などを担当していました。ただ、入社1年目から上司に指摘を受ける毎日でした。


指摘の内容は「You are not listening to the customer(お客様の話を聞いていない)」というものでした。実際にお客様とのやり取りの録音を聞き直すと、確かに適切な答え方ができていませんでした。それ以来、上司からの指摘やネイティブの同僚の上手な言い回しをメモして、「次から間違えないように」とコツコツ改善していきました。


ブルームバーグはとてもスピード感のある職場で、電話が鳴ったら0.4秒以内で取るように言われていました。お客様とのやり取りもすべて記録に残し、サービスの標準化が徹底されていました。私自身はどちらかと言えばマイペースな性格だったのですが、お客様に対する圧倒的なスピード感や、どの役職でも平等に社内の情報にアクセスできる高い透明性には、情報の会社としての凄みを感じていました。


ハードな環境でしたが、大学で学んだCSの理論を、実務で徹底的に実践することができました。お客様対応の難しい場面も数多く経験したので、いまではどんなことにも動じない強いメンタルが身についたと思っています。


─────その後、同じく外資系の金融企業に転職されていますね?


ブルームバーグ時代の顧客であった独立系資産運用会社のウエリントン・マネージメント・ジャパンに転職しました。年金や投資信託といったお客様の大切な資産をお預かりし、投資で増やしてお返しする仕事でしたが、投資先企業の成長にもつながるということで、ブルームバーグとは違うやりがいがあり、すごく楽しかったです。


5年間在籍していましたが、各自のアイデアをチーム全体でシェアする文化やお互いの考えを役職や年次に関係なくぶつけ合う議論の文化から多くを学びました。


─────そこからまったく毛色の違う学校給食の世界に転身されます。どのような意思決定のプロセスがあったのか教えてください。


実は、東洋食品に入社するまでは、給食会社がどのような仕事をしていて、自分が何をするかちゃんと理解できていませんでした。祖父が創業し、父が引き継いだ会社でしたが、社長である父は家で仕事の話を一切しないタイプだったからです。


個人的には、いつかは家業を継ごうと思っていたものの、当時35歳だった私は「なんとなく40歳になってからかな」くらいに考えていました。しかしある日、父親から「いつになったら来てくれるんだ」と言われたんです。


父もエンジニアとして別の会社で働いた後で、35歳で東洋食品に入っており、私もちょうど35歳だったため一つの節目だと感じました。ウエリントンでの仕事は楽しかったですし、そのときはボストンの本社で仕事をすることを視野に入れてがんばっていたときだったので、とても悩みました。


─────海外で仕事をすることはご自身の夢のひとつだったと思います。それでも東洋食品を選んだ決め手は何だったのでしょうか?


最終的には、「家業だから」という使命感が一番強かったと思います。少し引いた場所から金融業界を見たときに、私のようなビジネスパーソンはほかにもたくさんいると思いました。しかし、祖父が始めて、父が大きくした東洋食品という会社の後継ぎは私しかいません。代々引き継がれてきた会社だからこそ「自分がやらなきゃ」という使命感が最後の決め手になり、2016年、35歳で常務取締役として東洋食品に入社したんです。



外資系金融から学校給食の世界への転身。変えるべきものと守るべきもの。

─────入社された2016年当時の東洋食品について教えてください。


売上はおよそ200億円で、従業員数は数千名規模だったと思います。メインである学校給食の受託事業においては大きなシェアを持っており、1966年の創業以来「食中毒ゼロ」を継続していました。


─────学校給食の受託事業について、簡単に教えていただけますか?


自治体から給食の調理や運営を丸ごと請け負うビジネスモデルです。一般的な飲食店と違って売上の変動リスクがなく安定している一方、衛生面などで厳格なルールを遵守し、大量調理で、決められた時間に提供するという高いオペレーション能力が求められます。


「民間委託」は、発注者である自治体が「食材の調達や献立の作成」を行い、受託企業である私たちは「献立に沿った調理や現場の運営・管理を行う」という明確な役割分担があるのが特徴です。


─────なるほど。自治体と民間企業で役割が分かれているのですね。外資系の金融業界からこの世界に転身されて、どのような印象を持たれましたか?


ブルームバーグやウエリントンにいた頃は、意見を出し合いながら議論を深めていく文化がありました。もちろん相手への敬意は大切にしながらですが、自分の考えを伝えることが求められる環境だったと思います。


一方で、東洋食品は当時すでに1万人規模の組織であり、多くの社員が長年にわたって築いてきた文化や考え方がありました。入社当初は違いを感じることもありましたが、まずは現場を理解し、対話を重ねることが大切だと考えるようになりました。


以前よりも小さなことにこだわらなくなりましたし、自分の論理を通すよりも、まず相手の状況を受け止めることで、結果的に、本質的な課題に向き合いやすくなりました。


─────当時の東洋食品にはどのような課題があったのでしょうか?


簡単に言えば人の課題です。たとえば当時は、妊娠したら女性社員はそのまま辞めてしまうのが当たり前でした。子どもたちのために給食をつくる仕事なのに、母親になったら仕事を辞めてしまうことがすごくもったいないですし、私には大きな疑問でした。


子育てと仕事を両立しながら、ちゃんと働き続けられる職場にするために、人事制度をひとつずつ見直して、変えていくことにしたんです。


─────従業員数千名の会社での人事制度変更は相当大変だったのでは?


確かに大変でした。ただ、手間がかかるということよりも、バランスが取れた着地点を見つけることが大変でした。


外資系の「アップ・オア・アウト(一定期間に昇進できなければ、その環境から退場する)」をそのまま持ち込んでも反発されるだけです。一方で、勤続年数に比例して給与が上がっていく仕組みだと、若い人のモチベーションが低くなってしまいます。


外資系企業のような極端な評価だと萎縮してしまうので、「毎年定期昇給する」といったある程度の安心感は必要だと思いました。しかし、昇給額が少ないと長期的にがんばろうというモチベーションにつながりにくいから、成果に応じたある程度のメリハリも欲しい。じゃあ、どこに着地させるのが適切だろうか。そういうことを、数年かけてすり合わせていきました。


人事部や学校給食事業部のメンバー、それに外部の専門家にも入っていただき、給与や評価の仕組みなど人事制度を全部見直していったのですが、先ほどの妊娠したら女性社員が辞めてしまうという課題については、大幅に改善されました。いまでは、90%以上が産休・育休を経て復職しています。


ほかにも不妊治療中の社員が最大3年まで休職できる『妊活支援休業制度』や、若い世代の成長を支援する『メンター制度』、介護などやむを得ない理由で退職した場合に退職時の待遇を保証して再雇用する『退職者リターン制度』などを新たに導入しました。こうした現場の改善を突き詰めた結果、会社として毎年業界平均を上回る賃上げも実現できました。


─────それは大きな成果ですね。「人の課題」を解決するために、ほかにも変えたことがあれば教えてください。


子どもたちに安全でおいしい給食を届けるためには、従業員が安心して長く働ける環境づくりと、生産性向上の両立が欠かせません。


給食の現場には長年培われてきたノウハウや工夫がある一方で、機械化やDXによって改善できる余地もあると考えています。その中で私たちが大切にしているのは、従来のやり方にとらわれることなく、「本当に給食の品質向上につながるのか」という視点で客観的に検証することです。


たとえば、切裁機があるのに使わず手切りをすることが、本当に品質向上やCS向上に結び付いているのか。検証の上で必要であれば、業務仕様そのものの見直しを自治体に提案します。


─────感情や感覚ではなく、契約とデータを軸にしたやり取りに変えたわけですね。


はい。「子どもたちのために」という気持ちはとても大切ですが、それだけでは現場の労働環境が犠牲になることもあります。そうすると、毎日の給食という重要な社会インフラを維持することが難しくなります。


近年では、人手不足が深刻化する中で、受託事業者は「発注者の指示に従う立場」から、対等なパートナーとして自治体側も歩み寄ってくださることが多く、ここ10年でだいぶ変わってきたと思います。


─────裏を返せば、東洋食品から自治体側に提案することもあるのでしょうか?


そうですね。たとえば「こういう給食を企画するのはどうでしょう?」と提案したりしています。地域の特産品や郷土料理を取り入れた献立なのですが、地産地消の文脈や給食を通じた地域理解の促進など、副次的な効果もあると思って考えました。


また、各自治体にご協力をいただき、各地の郷土料理や特産品を使用した給食を紹介する『ご当地学校給食MAP』を制作しました。こちらはWeb上でも公開しています。


─────「変えてきたこと」について教えていただきましたが、一方で「守るべきもの」は何だったのでしょうか?


それは社是でもある『信頼』です。創業者である祖父の時代から、安全安心な食事をお客様に届けることは東洋食品の存在意義であり、この意義を貫き続けていくためには『信頼』が欠かせません。


この社是は1966年の創業以来ずっと変えていません。安全安心を最優先する文化は初代から引き継いでいることなので、これからも守っていきたいと考えています。


─────ありがとうございます。食に関わる事業者が安全安心を大切にすることは、失礼ながらある意味で当たり前な印象を持ちます。どれくらい大切にしてきたのか、大切にしてきた結果、どのような成果につながっているのかを教えてください。


おっしゃる通り、安全安心を大切にすることは私たちのような事業者にとって当たり前のことだと思います。ただ、その深みが違うのだと思います。


創業当時はいまのように衛生管理のルールや基準がない中でしたが、祖父は温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、お客様が食べるときにできたてをお出しすることに、とにかくこだわっていました。抜き打ちで現場に行き、前日に調理したものがお鍋に残っていたら、全部捨ててしまう。冷蔵庫に古い食材があったら、それも捨ててしまう。そういうことをずっと繰り返すことで、文化の礎をつくっていきました。


この考え方は現在の社長である父にも引き継がれています。社長は、この考え方を仕組み化し、会社全体に浸透させました。具体的には、衛生部という新しい部署をつくったことです。


衛生部は保健所の出身者で構成されていて、調理を担当する部署とは完全に切り離された部署です。保健所で食中毒を調査する側だった人たちを採用し、内部監査のような立ち位置ですごく厳しい目線で現場を抜き打ちチェックしています。社員同士の忖度が発生しないように社長直轄になっており、問題点や懸念点があればすべて調査して社長にレポートする仕組みです。


創業者がつくった文化の礎をベースにして、現在の社長が仕組み化を進め、安全安心を高いレベルで維持できるようになりました。その結果、東洋食品は創業以来ずっと食中毒ゼロを継続しています。


─────衛生部の立ち上げは非常に効果的な仕組みだと思います。


保健所出身者を中心とした衛生部が、現場とは異なる視点で衛生管理の確認や指導を行っています。私たちが目指しているのは、安全安心な給食を子どもたちに届け続けることです。衛生部は、そのために欠かせない仕組みのひとつだと思います。


─────成果としての「創業以来の食中毒ゼロ」についてですが、お祖父様、お父様がつくってきた実績を今後引き継ぐにあたり、どのようなことを心がけていらっしゃいますか?


言い続けることしかないと思っています。東洋食品の中に育まれてきた文化を継続していくことなので、もしかしたら他にもっと効果的なやり方があるのかもしれませんが、私は言い続けることが結局は一番効果的なのだと思っています。


いまは全国に2万人弱の従業員がいるので、一人ひとりに声をかけることは物理的にできません。でも、定期的な事業部長会議、地方事業部支援会議、ランチ会や地方の営業所に行った際など、各部署のトップと顔を合わせる機会があります。


その際、改めて社是である『信頼』についてしっかりと触れています。経営から各責任者に向けて、この社是についての想いを伝え、それぞれに持ち帰ってもらい、現場で伝えてもらいます。階層を経るたびにメッセージの濃さは薄まっていくはずですから、何度も何度も繰り返して、言葉の濃度をできるだけ濃くして伝えるようにしています。


あとは、『信頼』に触れる機会をできる限りたくさん用意しています。毎年社長が行う経営方針説明会や社内報など、あらゆる社内チャネルを通じて会社の想いを伝えています。たとえば、社内報のある号では、1ページのなかで7回ほど『信頼』という言葉が登場したことがあります。想いを愚直に発信し続けることが大切なのだと思います。


─────『信頼』が大切だと頭で理解しても、それを実現するための日々の行動に結びつくかは別だと感じます。ほかに何か気をつけていることはあるのでしょうか?


「How」の手段ではなく、「Why」という目的を伝えること。そして「仮説思考」を大事にしています。従業員と話をする際も、私はよく「それって仮説は何?」と質問するんです。


これは、大学時代の研究室で徹底的に叩き込まれたことなのですが、「こうではないか」という仮説を設定して、それを検証するためにデータを集めるのが、最も早く解にたどり着きます。「なぜそれをやるのか?」という目的と仮説をセットで考えることで、社是である『信頼』の実現のために各自が「いま何をすべきか」を自発的に考えて行動してくれるようになるのだと思います。


─────仮説思考につながる日々の問いかけ、それにWhyを大切にしたコミュニケーションが効果を発揮したエピソードがあれば教えてください。


2017年ごろに、全国各地でノロウイルスによる集団食中毒が発生しました。時期も場所もバラバラで、保健所がいくら調査をしても原因がわかりませんでした。


そのような中で、調理現場のチーフはいろんな可能性を考えたようです。そして、「給食に使用する刻み海苔にウイルスがついているかもしれない」ということで、自治体の栄養士さんに相談して、念のため加熱してから提供しました。


少し補足をすると、この刻み海苔の加熱は自治体からの業務指示にはなかったことなので、チーフが自治体の栄養士さんに提案し、許可を得た上で加熱したんです。すると、私たちが調理した学校では食中毒が起きず、同じ日に同じ食材をそのまま使った別の学校では、残念ながら食中毒が起きてしまいました。


これは「安全安心な給食を子どもたちに届けるために何ができるだろうか?」を自分で考え、自分で判断して行動したからこそ防げたことだと思います。


─────そのチーフの方は、マニュアルにないことをしたということでしょうか?


そうです。「刻み海苔は加熱すること」といったマニュアルはありませんでした。想像力を働かせたからこそ、「もしかしたら加熱調理工程を通らない海苔に原因があるのでは?」という仮説に辿り着き、食中毒のリスクを少しでも減らすために自治体の栄養士さんへの提案にいたったのだと思います。


─────ルールにないことをするのは、せっかく磨き上げてきたオペレーションを乱すことになるのではないでしょうか。チーフの方は、なぜその提案ができたのだと思いますか?


それは社是である『信頼』に加えて、仮説思考をもつことと、『お客様、会社、自分』という東洋食品が大切にしている優先順位を本当に理解しているからだと思います。


「お客様の安全を第一に」ということはいつも伝えているので、そのために何をしたらいいのかを各自が考えてくれているのだと思います。「仕事が大変なときや何かに焦っているときこそ思い出してください」といつも伝えているので。


─────「誰のために、何のために仕事をしているのか」を社員の方々がしっかり考え、行動に移しているのは素晴らしいですね。


そうですね。くり返しになりますが、会社が大切にしている考え方が現場に浸透し、それぞれの従業員が自分の頭で考え、行動できるようになるには、近道はないと思います。根気強く言い続け、現場の意見にも耳を傾け続ける。そうすることでしか、文化は醸成されないのではないでしょうか。


東洋食品の場合は、創業者と社長が伝え続けてくれていました。それを引き継ぎ、いまは私からも従業員に向けて発信しています。特別なことはやっておらず、若手とのランチ会やオフィスですれ違ったときなど、ちょっとした接点を大切にしていることくらいでしょうか。


いまは社内ですれ違う従業員から、「この前の話を受けてこんな取り組みを始めました」と報告をもらうことがあります。そういうときに、大切にしている考え方がちゃんと伝わっている気がしてうれしく感じますね。



給食受託事業の現状と今後の展望

─────改めてになりますが、業界内における東洋食品の強みや優位性はどこにあると自覚されていますか?


PFI事業(※)と大規模給食センターの運営ノウハウ、そして創業以来ずっと磨き上げてきた衛生管理のノウハウだと思います。


(※)PFI事業:Private Finance Initiativeの略。学校や病院、道路など公共施設の設計、建設、維持管理、運営に民間の資金やノウハウを活用する公共事業のスキームのこと。


特にPFI事業は大きな強みになっています。通常の学校給食は調理業務だけを受託することがほとんどですが、PFI事業は調理だけでなく施設の設計や建設、厨房機器の調達、さらには事業資金の調達や長期的な維持管理までを一括して民間で担うことができる仕組みです。


大規模な給食センターをこの仕組みを活用して整備することは、自治体にとっても大きなコストメリットが出るため近年のトレンドになっています。これは他社がゼロから参入しようとしても非常に難しい領域です。学校給食の調理だけでなく、高度な施設の設計やファイナンスの知識、多くの関係者との調整、自治体に提出する大量のレポートの作成やモニタリング対応など、膨大なリソースと企業体力が必要になるためです。


─────難解なPFI事業に、いち早く参入できたのはなぜでしょうか?


これは社長である父の先見の明です。2005年に学校給食におけるPFI事業の第1号案件が開業したのですが、東洋食品はいち早く手を挙げて受託しました。当時は前例も実績もなく、ゼロから新しい仕組みを構築する必要があり、本当に大変だったと聞いています。でも、社長がこの事業の可能性にいち早く目をつけ、リスクを取って参入したからこそ、大きな事業の拡大につながっています。


実は、東洋食品の歴史を紐解いていくと、こういった先見の明によって成長を加速させたポイントが大きくふたつあります。


ひとつは、1985年の「学校給食の民間委託化」の波を捉えたことです。創業からのおよそ30年間は学生食堂がメインのビジネスでしたが、競争が激しく売上変動のリスクが大きいことが課題でした。そんな中で学校給食の民間委託が始まったのですが、当時は世論の反対もあったようです。


それまでの学校給食の世界では、自治体が直営で学校内の給食室で調理をしており、民間に委託することで安全安心よりも利益が重視されるのではないかという懸念の声があったそうです。しかし社長はここに可能性を見出し、リソースを重点投下しました。全国の自治体をまわって東洋食品の考え方を丁寧に説明し、少しずつマーケットを切り拓いていきました。その結果が、現在の国内No.1のシェアにつながっています。


もうひとつは、先ほどのPFI事業の開拓と地方展開です。地場の給食会社が受託するのが主流となっていた2000年代前半に、当社は赤字覚悟で関西圏へ進出しました。首都圏がレッドオーシャン化することを見据えて、早くから全国にネットワークを広げた結果、いまでは44都道府県を面でカバーできるなど、大きな強みになっています。


─────リスクを取り、時代を先駆けることができたのはなぜだと思いますか?


データとファクトに基づいた冷静な意思決定を徹底しているからだと思います。創業者の祖父は中卒で戦争を経験し、叩き上げの現場感覚で安全安心の礎をつくりましたが、社長である父は東工大の機械工学出身で原発の設計などをしていた理系人間です。実は一昨年入社した常務の弟も東工大卒で、大手SIerやロボットベンチャーで経験を積んでから東洋食品に入社し、いまはDXの担当役員をやっています。


理念や考え方を大切にする一方で、理系一家ということもあって経営判断においては「なんとなく」の感覚を排除して、常にデータとファクトを厳しく見ています。社長はいまでもPFIの設計図面を見て工法のディテールに専門的な意見を出しますし、常務はデジタル化が遅れがちだった学校給食の現場にテクノロジーの導入の提案をしています。


『信頼』という社是を芯にして、「現場の職人文化」と「理系的なアプローチ」が融合していることが最大の強みなのかもしれません。


─────東洋食品の今後についてお聞きします。経営陣のひとりとして、どのような事業課題をどうやって乗り越えていこうと考えていますか?


最優先で乗り越えるべき課題は「人手不足」だと考えています。2016年に入社してから、私は人事制度の見直しを進めてきました。結果、2025年度の実績で有給休暇の取得率は99.7%になりました。また、女性が活躍できる環境づくりを進めてきたので、現在の役職者の60%以上は女性です。会社全体の離職率は飲食業界の平均の約半分になりました。それでも「人手不足」という課題に立ち向かうことが必要で、徹底したDX・自動化と現場の生産性向上で補っていくしかないと考えています。


もうひとつ、個人的な使命だと思っているのが、学校給食業界全体の「デフレのビジネスモデルからの脱却」です。私は業界全体がいまだに薄利多売の人海戦術に頼っていると認識していて、ここに大きな課題感を持っています。最新のAI技術や機械を導入すれば自動化・効率化できることが、現場にはまだまだ山ほどあるんです。


しかし、ここで構造的な壁にぶつかってしまいます。私たちがいくら職場を近代化したいと思っても、調理場という施設の所有権や機材の導入決定権は委託元である自治体側にあります。自治体の計画や予算に基づいて進められており、現場の改善の必要性を感じていても、すぐに実現できないことがあります。その結果、老朽化した設備を使い続けるケースもあり、業務効率や衛生管理の面で課題を感じることがあります。これは、効率化を妨げるのと同時に衛生面のリスクにもつながってしまいます。


─────民間側の努力だけでは越えられない壁に対して、どのようなアプローチが有効だと思いますか?


国や行政に対して業界全体で声をあげていくことが大切です。だからこそ、現状や懸念をしっかりと伝え、意思決定をするときの参考にしてもらうことが重要だと考えています。


東洋食品は日本給食サービス協会や関東学校給食サービス協会などの業界団体に加盟しています。そういった各団体と連携しながら、関係省庁のもとに伺い、現場の過酷なファクトをお伝えしています。


─────現場の過酷なファクトとは、たとえばどのような事例がありますか?


わかりやすいところだと、エアコンです。全国の学校給食の調理場のうち約4割には、いまだにエアコンが設置されていません。衛生管理の観点から窓は締め切っていますし、異物混入のリスクを避けるために長袖の白衣を着ています。マスクもはずせません。


こういったサウナのような環境で仕事をしているので、熱中症のリスクが高いんです。私が把握しているだけでも毎年、複数の緊急搬送があります。


もちろん、設置をするとしたら業務用のエアコンになりますし、設置台数も多いためコストがかかることは承知しています。教室や体育館へのエアコン設置など優先順位があることは理解しているつもりです。しかし、できるだけ早く良い環境にできるように、声をあげることは大切だと思っています。


「子どもたちに安全安心な給食を届け続ける」ことは素晴らしいことだと思っていますし、大切なインフラだと思っています。でも、その裏には現場の張り詰めた苦労があります。現場の声を適切に国や自治体に届けながら、より良い職場環境づくりをすることが、私の大きな役割だと考えています。


─────学校給食以外の領域にも積極的に事業を展開していると伺いました。


祖父がつくり、父が大きくしたこの会社を、これからもしっかりと成長させていくことが私の仕事だと思っていますので、事業や組織の強みを活かして社会の役に立てないかといつも考えています。


学校給食事業は安定していますが、少子化によって中長期的にマーケットが縮小していくことは避けられないでしょう。だからこそ、経営に余裕があるいまのうちに未来への種まきを始めています。


2024年4月には外食企業の全株式を譲り受け、完全子会社化しました。同じく2024年8月には、伊豆の老舗ホテルを買収し、 リニューアルオープンしました。給食と外食とのシナジーや、『信頼』の文化とホテルのホスピタリティとの相乗効果などを期待しています。


─────事業の多角化に対しては慎重な意見の持ち主もいらっしゃったのではないでしょうか。社内からの反発はありませんでしたか?


社内からの反発はなく、むしろみんながとても応援してくれています。ホテルを立ち上げた際も、オープン後に社割を使って泊まりに行く従業員がたくさんいましたし、社内からは「次は何をするんですか?」と前向きに声をかけてもらえることがほとんどです。


なぜ反発が起きなかったのかを考えると、『食と公共性』という会社の理念をぶらさなかったからだと思います。何の脈絡もない分野に多角化するのではなく、自分たちの強みを活かせる分野に絞っているため、納得してもらいやすいのだと思います。


また、多角化は社内リソースのワークシェアリングという大きなメリットにもつながっています。たとえば学校給食が休みになる8月は、ホテル事業が最大の繁忙期を迎えます。その期間は、給食のスタッフがホテルのヘルプに回ることが可能です。給食のスタッフにとっては新たな調理技術が身に付き、スキルの幅が広がりますし、ホテル側は新たにスポットの人材を雇う必要がありません。


元々この業界には、学校給食のスタッフが夏休みの間は病院給食のヘルプに回るという助け合いの文化がありました。その仕組みを、自社グループ内の外食事業やホテル事業に横展開することで、雇用の安定と需給バランスの最適化を高いレベルで両立できたと思います。


─────未来への種まきの文脈でインドネシアへの海外展開も進めていると伺いました。


もともと海外で事業をやりたいという気持ちがあったので、東洋食品に入社してからフィリピンやマレーシア、ベトナム、タイ、台湾など、いろんな国でリサーチを進めていました。安全安心で栄養バランスもしっかりと考えられている日本の学校給食の仕組みを、海外でも展開できると考えたからです。


日本の学校給食の素晴らしさはどの国でも絶賛されるものの、「予算はどこが担保するのか」「法整備はどうするのか」という壁にぶつかり、草の根の活動だけではなかなか本格的な事業進出にはつながりませんでした。


そんななか、2024年にインドネシアでプラボウォ新政権が発足しました。政権の主要政策のひとつが、無償給食プログラムです。このプログラムは、最終的におよそ8,300万人に栄養バランスの取れた食事を届けることを目指しており、この実現に向けてインドネシア政府は予算化を進め、国家プロジェクトとして給食インフラの整備を進めています。


インドネシアでは現在、無償給食の提供が急速に広がるなかで、大量の給食を安全に、栄養面にも配慮しながら、安定的に調理・提供していくための仕組みづくりが課題になっています。これは、まさに私たちが日本の学校給食で培ってきたノウハウを活かせる領域です。


海外での事業展開を考えていた私たちにとって、これは大きなチャンスでした。そこで、農林水産省の下部組織である「栄養改善事業推進プラットフォーム」の補助事業に応募し、採択されたんです。2024年度から2025年度の2年間を通して、現地の学校給食の実施状況を調査し、衛生、献立、オペレーション等の提言を行いました。


1年目の調査では、朝食欠食率の高さ、肥満や痩せすぎといった極端な偏りがある事実をつかみ、子どもたちの栄養状態の課題を浮き彫りにしました。2年目の調査では、現地の給食センターに入り、衛生管理の課題を抽出しました。現地では驚くべきスピードで給食の提供が広がっていますが、急激な拡大に対して衛生管理のルールづくりや現場への浸透などが追いついていませんでした。


現地調査でわかったこれらの課題を解決するために、「日本の学校給食が持つ圧倒的な衛生管理やオペレーションのノウハウ」が役に立つと思い、そうしたノウハウをどのように活用できるか可能性を検討しています。


私たちが学校給食で培ってきたさまざまなノウハウは、世界の栄養課題や衛生課題を解決するための武器になると思っています。もっともっと世の中の役に立てるように、がんばっていきたいです。


─────最後の質問です。ご自身が成し遂げたいことなど、今後の展望について教えてください。


大きくふたつのことを考えています。ひとつは、この会社を、さらに強く、成長し続ける会社にしたいです。そのために、これからの時代に合う形にしたうえで、引き継いでいきたいと思っています。


もうひとつは、うまくいったこともそうじゃないことも含めて、私が学んだことを社会に還元していきたいです。個人的には、恵まれた環境で生きてくることができたと思っているので、得られた学びの中で世の中の役に立つものがあれば積極的にお返ししていきたいです。


会社として利益を出すことはとても重要ですが、それだけではなく、事業を通じて社会の役に立つことは非常に大切だと思います。従業員はもちろん、お客様にも幸せになっていただきたいというか、いろんなところで言われている普通のことだと思うのですが、そういった大切な考え方を世の中に還元できる経営者でありたいです。


最近は講演のご依頼をいただくことが少しずつ増えてきたのですが、私の経験や考えていることを聞きたいと言ってくださる方がいるのであれば、お断りすることなくどんどん引き受けるようにしています。


私自身、いろんな方からアドバイスをいただきながらここまでやってきました。私がビジネスの先輩たちから受け取ったいろんなものを、次の世代の方々にお伝えしていくことで、少しでも良い世の中になればうれしい限りです。


会社概要 - company profile

企業名:株式会社東洋食品

事業内容:集団給食の受託(主として学校給食)など

コーポレートサイト:https://www.toyo-foods.com/

インタビューを終えて
山内基

山内基

株式会社ディプコア ThinkD編集長

厚生労働省の資料(※)を見ると、2025年の1年間で発生した食中毒は1,172件。また、飲食店などの外食や学校・病院・社員食堂などで提供される給食、それに中食など、家庭料理を除いた事業者が提供する総食数は、推計で年間で200億食〜300億食。これらの数字を用いて食中毒が発生するリスクを算出すると、「およそ1,000万食に1回」という確率になります。 東洋食品が提供している学校給食数は、1日に150万食。これを年間180日稼働として換算すると、1年間で同社が提供しているのは約2億7,000万食になります。先ほどの「およそ1,000万食に1回発生する」という確率と掛け合わせると、年間で27回の食中毒が発生してもおかしくない計算です。しかし同社が提供した給食からは、1966年の創業以来一度も食中毒が発生していません。 なぜそれが実現できたのでしょうか。荻久保専務へのインタビューを通じて感じたことは、近道のない愚直な「文化の醸成」でした。お客様の安全安心を最優先にする考え方と、社是である『信頼』をベースに、ときにマニュアルを超えて「いま何が必要か」を現場の各自が仮説思考で考える。半世紀以上の泥臭いやり取りの積み重ねこそが、食中毒ゼロにつながっているのだと思います。 テクノロジーの進化が止まらない現代において、従来よりも早く、簡易に手に入るものが増えてきました。しかしだからこそ、人間が積み上げてきた文化の強度こそが、その会社独自の強みとして輝くのかもしれません。 (※)第9回 食品衛生監視部会における厚生労働省「令和7年食中毒発生状況の概要」より

※本記事の内容はすべてインタビュー当時のものであり、現在とは異なる場合があります。 予めご了承ください。
depcoa AGENT

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