はじめに
巨大な官公庁・自治体市場において、民間企業と行政をテクノロジーでつなぐ「BtoBtoG」の領域。今回取材を行ったLobbyAI株式会社の試算によれば、その規模はおよそ9兆円とも言われている。
非常に大きな市場でありながらも、参入障壁の高さや情報の複雑さから手をつけるプレイヤーが極端に少なく、手つかずのブルーオーシャンが広がるこの領域に、圧倒的な技術力と深いドメイン知識で切り込んでいるスタートアップがLobbyAI株式会社だ。
同社は独自のAIクローリングエンジンを駆使し、全国の自治体や省庁が発信する膨大な公共情報をリアルタイムでデータベース化。これまで非効率だった企業の行政アプローチを劇的に変革している。
2025年2月のプロトタイプ開発から破竹の勢いで成長を続け、すでに大手SIerや大手コンサルティングファームなど約40社への導入実績を誇る同社。その成長をCOOとして牽引しているのが、当時23歳で参画した神谷氏だ。オーストラリア国立大学で公共政策を学び、KPMGコンサルティングで政策立案・検証支援や経営戦略策定などに携わった経験を持つ神谷氏に、同社の事業優位性や描く未来について、ThinkD単独でじっくりお話しをうかがった。
民間を知らずに国家は語れない。東大、KPMGを経て、スタートアップへ
─────最初に神谷さんのご経歴について伺えればと思います。ご出身やこれまでの歩みについて教えてください。
関西にルーツがある家庭に生まれ、私自身は大阪府や奈良県で子ども時代を過ごしました。12歳まで関西にいたのですが、その後、親の仕事の都合でオーストラリアのパースに移住し、2012年から2020年まで滞在していました。
2020年に高校を卒業し、その後はパースを離れて首都のキャンベラにあるオーストラリア国立大学に進学しました。途中で1年間の東京大学への編入留学を経て、就職以降は東京を拠点に活動しています。
─────高校卒業のタイミングが2020年ということは、ちょうどコロナ禍の直撃を受けた時期ですね。
そうなんです。オーストラリアの高校を卒業した後、本当はイギリスの大学に進学したいと考えていました。特に、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で経済学や公共政策について学びたいと考えていました。それに、試験に合格できるかは別として、あわよくばオックスフォード大学なども視野に入れていたんです。

しかし、2020年当時は、先進国の中でもイギリスの感染状況は特に深刻で、現地での受験どころではない状況でした。そのため、方針を切り替え、オーストラリア国内で経済学や公共政策の分野においてトップクラスの評価を受けていたオーストラリア国立大学に進学することに決めました。
─────オーストラリア国立大学は、いわゆる「PPE(政治・哲学・経済)」の分野で世界的に有名だと聞きました。この分野に興味を持たれたのはどのような背景があるのでしょうか?
早い段階で実践的な知識を得たかったからです。そもそも「PPE」はオックスフォード大学発祥の学問で、非常に特徴的なカリキュラムを持っています。通常であれば大学院レベルまで時間をかけなければ得られない教養を、凝縮して提供するプログラムを持っています。
「政治家や記者、ビジネスパーソンとして早く社会で活躍したい」という意欲的な若者のニーズにマッチし、政治家や大臣などを多く輩出している一方で、「内容が浅いのではないか」という指摘もあり、賛否両論が存在しています。
私自身は研究者を目指す気持ちはなく、知識や教養を得ること以上に「学んだ内容を実際の社会にいかに実装し、世の中にどのような影響を与えるか」に強い関心がありました。そのため、大学院に進学しなくても早期に実用的な教育が受けられるPPE専攻を選びました。
─────高校生の段階から、将来のキャリアから逆算して進路を選ばれていたのですね。
私が特別なのではなく、オーストラリアやイギリスの教育システム自体がそうした仕組みになっている側面もあると思います。向こうの高校は選択科目制になっていて、高校生の段階で将来の目標を明確にしておかなければ大学で進学できる学部が極めて制限されてしまうんです。早い段階から、将来のキャリアを主体的に考えざるを得ないルールになっているのだと思います。
とはいえ、将来のことだけを考えて学生時代を過ごしたわけではありません。オーストラリア国立大学があるキャンベラは、政府機関や軍の関係者、あとは学生くらいしか住んでいないちょっと特殊な街です。学生は役所やシンクタンク、大学の研究室、コンサルティングファームなどで積極的にインターンを経験しながら将来のキャリアを模索します。
かといってキャリアのことだけを考えているのではなく、思い返せば豊かな時間が流れていたと思います。フレックスな働き方やワークライフバランスが尊重される土壌がありますし、オーストラリアワインに代表されるようなお酒の文化もあります。大学の敷地内にはパブがありますし、向こうは18歳から飲酒が可能なので、夜な夜な友人たちと政治や社会について議論をかわしていました。当時の友人たちとはいまでも深く繋がっています。
─────日本の学生生活とは少し雰囲気が違うように感じます。ちなみに、政治や経済という領域にフォーカスされたのはどのようなきっかけがあったのでしょうか?
家庭環境の影響が強いのだと思います。私の祖父は関西で造船関係の事業をしていたのですが、ビジネスをする上で政治や国際情勢、経済の動きを把握することが非常に重要でした。そのため、政治や経済の話題が日常的に出てくる家庭でしたし、日本と韓国、日本と中国といった外交の歴史についてもよく話題になっていました。
歴史好きの祖父母の影響もあり、小学生の頃に興味本位で歴史能力検定2級の試験を受けるほど、歴史や社会の成り立ちに強い関心を持っていました。その関心が、次第に人文や公共政策の分野へと広がっていったのだと思います。
両親からは「理系に進んで将来はエンジニアになれば?」と言われていて、高校に入ったばかりの頃は専門科目として物理学にのめり込んでいました。でも、副次的に履修していた経済学を学ぶ中で、両者の本質的な類似性に気づいたんです。

─────物理学と経済学の類似性とは何なのでしょうか?
物理学が「物質の運動や関係性を方程式で表す学問」だとすると、マクロ経済学や計量経済学は「人間同士の取引や社会の動きを法則化して方程式で表す学問」だと思います。この類似性に気づいたときに、「経済学は思っていた以上に理系的なアプローチだな」と強い関心を持ちました。
また、経済学的には「こういう政策を取ればGDPに影響を与える」といったことが数値や理論で明確に存在しています。にもかかわらず、民主主義国家の選挙においては、国民のニーズやその時々の世の中の感情によって学問的な合理性とは異なる政策が選ばれることがあります。
私にとっては学問的な合理性とは異なる現象が起きること自体がとても興味深く、それ以来、政治や公共政策の領域にどっぷりとはまっていきました。
─────オーストラリア国立大学で学び、学生時代の後半は東京大学へ編入留学されていますね。この選択にはどのような背景があったのでしょうか?
オーストラリア国立大学と東京大学は単位を相互に認定し合える協定を結んでいて、休学することなく単位を取得できる仕組みがありました。東京大学以外にも、一橋大学や京都大学、慶應義塾大学など、日本の色々な大学が協定を結んでいました。
いくつかの選択肢がある中で、実家や昔からの友人がいる関西に戻るか関東に出るかで迷っていたんです。家族に相談したところ、慶應義塾の高校に通っていた祖父から「政治や公共政策に興味があり、選べる環境にあるのなら東京大学に行ってみたらどうか」とアドバイスをもらい、最終的に東京大学に留学することにしました。
─────東京大学在学中には政策スタッフとしての活動をスタートされたと聞きました。きっかけは何だったのでしょうか?
実は以前から、ある国政政党の学生部に所属していました。当時はコロナ禍でしたし、オーストラリアにいたので、オンラインで会議に参加していました。その後、東京大学に留学した際に、当時の政調会長だった方から「一緒にやろう」とお声がけをいただいたことが政策スタッフになったきっかけです。
当時のその政党はベンチャーのような雰囲気で、議員と学生部の学生が気兼ねなくLINEでメッセージを送りあったりするなど、風通しが良かったことも魅力に感じていました。
私に声をかけてくださった方は経産省出身で、政策実務に非常に長けておられました。ちょうどコロナ禍で日本の四半期GDPが年率換算で大きく落ち込んだ局面であり、「経済政策の立て直しが不可欠だ」ということで、マクロ経済の専門知識を持つ私に声をかけてくださったようでした。
─────具体的には、どのような政策立案に関わられたのですか?
2021年の衆院選、それに2022年の参院選におけるマニフェストの作成に携わりました。中心となったのは、経済政策と社会保障制度改革です。
日本は政府の財政規模は大きいものの、現役世代から社会保険料を徴収し、所得や資産の有無にかかわらず高齢者へ給付する構造になっているので、財政規模の割に再分配効果が米国よりも低いというデータが出ていました。「税金をどこから集め、誰に配るか」の合理性を突き詰める議論を重ねました。また、ウクライナ情勢に伴う小麦価格の高騰を受けた食品の消費税減税案など、具体的な法案のドラフト作成にも携わりました。
─────大学卒業後の進路として、そのまま政治の世界に進む選択肢もあったかと思います。実際は民間企業に就職されていますが、それはなぜでしょうか?
民間での実務経験がないまま、国の政治や国家について語ることに対して、自分の中で強い違和感があったからです。そのため、まずは民間企業の構造やビジネスの実像を身をもって経験する必要があると考えました。
東京大学の法学部界隈では、官僚や外資系金融、コンサルティングファームなどが主なキャリアの選択肢になります。私自身も大学時代にヘッジファンドで半年ほどインターンを経験し、金融の実務をかじりました。ただ、就職の際には「より事業会社の実務支援に近い領域で経験を積みたい」と考え、KPMGコンサルティングを選択しました。
公共と民間の接点となる領域に魅力を感じていましたし、管理会計の構築や事業戦略の策定といったビジネスの基礎体力を身につけることができると思いました。現実的な市場価値や報酬の水準も考慮し、合理的な判断だったのではないかと思っています。
─────KPMGコンサルティングでは、どのような案件を担当されていたのでしょうか?
入社直後は戦略部門に配属され、モビリティ関連の事業戦略づくりなどのプロジェクトを担当しました。その後、エネルギー領域と経営戦略が交差する専門部署に配属になりました。
その専門部署では、少し専門的な話になってしまうのですが、日本の電力制度において国家機関が運営する「容量市場」について、海外動向の調査や制度導入、それに総括的な検証を行い、約定の仕組みや価格形成の見直しに向けた提言プロジェクトに携わったりしていました。
ほかにも、国内エネルギー大手による海外クリーンエネルギー企業の買収に向けたターゲット候補の洗い出しや、従業員数万人規模の大手電力グループの10年先を見据えたグループ再編戦略づくりなど、難易度の高い案件にも携わることができました。
─────充実したキャリアのスタートですね。一方で、LobbyAIとはどのようなつながりがあったのでしょうか?
少し時間軸が巻き戻るのですが、LobbyAI代表の髙橋やCTOの石川とは、学生時代からつながりがありました。2人とも同時期に私と同じ国政政党の学生部に所属していたんです。髙橋は関東の責任者で、私は全国の政策責任者でした。そのため、以前から学生部で一緒に仕事をする間柄でした。
当時から髙橋とは「政治や行政の領域でビジネスができたらおもしろそうだよね」という話をしていました。なかでも、「行政情報の膨大なデータベースが存在すれば大きな価値になる」という話は5年以上前から私たちの中で話題になっていました。

ただその時は技術的・資金的なハードルが高く、アイデアの域を出ていませんでした。
─────代表の髙橋さんやCTOの石川さんとは、もともとお知り合いだったということですね。
そうです。もともと知り合いだった2人を私がつないだという流れになります。髙橋の中にはなんとなくの事業アイデアがあったのですが、実現が難しかった。しかし、AIの登場をきっかけに髙橋がアクションを起こし始めました。
「技術的な課題はAIで解決できるのではないか?」というのが髙橋の仮説だったのですが、そこで思い出したのが石川の存在です。石川は北陸先端科学技術大学院大学(※1)で10年以上機械学習の研究をしていて、Kaggle Competitions Expert(※2)の資格も持っています。
(※1)北陸先端科学技術大学院大学(JAIST:Japan Advanced Institute of Science and Technology):1990年に石川県能美市に設立された国立大学院大学。学部を持たず、独自のキャンパスと教育研究組織を有し、先端科学技術分野における国際水準の研究と教育を行っている。
(※2)Kaggle Competitions Expert:世界最大級のデータサイエンスプラットフォーム「Kaggle」のコンペティション部門において、銅・銀・金メダルのいずれかを合計2つ以上獲得することで与えられる称号。
髙橋から「起業を考えていて、優秀なエンジニアを探している」という話があり、知り合いだった石川を紹介したところ、意気投合した2人が2025年1月にLobbyAIを創業しました。当時私はKPMGに在籍しながら、外部のオブザーバーとして毎週のように事業計画の壁打ちやアドバイスをしていました。
─────外部のアドバイザー的な立ち位置からフルコミットの参画へと心が動いた要因は何だったのでしょうか?
創業メンバーである髙橋と石川、そして私を含めた3人の役割が、奇跡的な相互補完的だったことが最大の要因だと思います。
代表の髙橋は、強力なビジョンと発信力を持っています。彼はもともと大手ハウスメーカーのマーケティング担当だったので、自分たちがどのポジションで何を言うべきかを考えることがうまいです。また、ビジョナリーなタイプでもあるので、魅力的なビジョンを描くこともできます。アドバイザーとして動いている間に何人かを髙橋に紹介しましたが、みんな「この人と一緒に仕事がしたい」と言いました。彼は人を惹きつけるカリスマ性のようなものを備えたCEOなのだと思います。
一方、CTOの石川は極めてドライかつシビアです。「この意思決定における機会損失は何か」「会社の効率化をいかに達成するか」といったことを冷静に見極めるタイプの技術者です。
そして私は、コンサルティングファームで培ったビジネスの知見やエンタープライズ企業との交渉力を持っています。事業計画の策定や資金調達実務の経験もありますし、バックオフィスや実務面を強固にする役割を担うことができます。この3人が揃えば、他の会社がたどり着くことができない遠い場所まで事業を推進できると思いました。
当初、事業化のハードルだった技術的な課題は石川の加入で解消されました。資金的な課題を解消するために2025年後半から資金調達活動をはじめ、その実務に外部アドバイザーとして関わっていました。資金調達の目処が立ったタイミングで正式に打診を受け、2026年4月1日付でCOOとしてフルコミットで参画することを決めました。

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