ThinkDの取材を続けていると、業界も事業内容もまったく異なる企業から、同じ言葉を聞くことがあります。なかでも繰り返し耳にするのが「人手不足」です。
ときには「働き手不足」や「少子高齢化」、「生産年齢人口の減少」と言葉を変えますが、意味するところは同じです。そして、医療、介護、物流、学校給食など、人手不足が深刻化している業界は枚挙にいとまがありません。帝国データバンクの調査(※)では、2026年7月時点で正社員の人手不足を感じている企業は51.3%。7月としては4年連続で5割を超える水準が続いているそうです。
(※)帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年7月)」
人手不足は基本的にはネガティブな問題です。採用ができない。現場の負担が増える。サービスを維持できない。事業を拡大したくても人がいない。
しかし、さまざまな企業の取材を重ねるうちに、少し違う見方をするようになりました。
もしかすると、この「人が足りない」という状況こそが、日本企業の仕事のあり方を強制的にアップデートする、大きなイノベーションのエンジンになっているのではないか、ということです。
「5日かかる仕事」を、そのまま残しておけない時代
そう考えるきっかけのひとつになったのが、勤務シフト自動作成サービス『Shiftmation』を提供するシフトメーションの取材でした。同社代表の能塚正基さんが事業を始めるきっかけとなったのは、あるドコモショップでの出来事です。
約50人分の勤務シフトをつくるために、副店長が別室にこもり、まるまる5営業日を費やしていた。さらに医療現場を調べていくと、100人規模の看護師を抱える病院では、看護師長が2ヶ月先のシフトをつくるために1ヶ月を費やしていたといいます。経験を積んだ専門人材が、本来の仕事ではなくシフト作成に膨大な時間を使っている現実。人手が十分な社会であれば、「昔からこうやっているから」で残り続けたのかもしれません。しかし、人手が足りない社会ではそうはいきません。
シフトメーションは、数日かかっていた複雑な勤務シフト作成を、アルゴリズムによって最短5秒で作成できる仕組みに変えました。これは単なる「便利な技術」の話ではありません。人が減る社会で、仕事をどのように再設計するかの話なのだと思います。
学校給食という社会インフラも、「人海戦術」では維持できない
同じことを感じたのが、全国約4,000校に学校給食を提供する東洋食品の取材でした。学校給食は、子どもたちに安全な食事を届ける社会インフラです。当然、「人が足りないので今日は給食を提供しません」というわけにはいきません。一方、現場では人手不足が進み、アレルギー対応などが求められ、仕事はむしろ複雑になっています。
東洋食品の荻久保瑞穂専務は、今後の最重要課題として「人手不足」を挙げ、「徹底したDX・自動化と現場の生産性向上で補っていくしかない」と語っていました。たとえば、切裁機があるのに手作業で野菜を切ることが、本当に給食の品質向上につながっているのか。必要であれば自治体に業務仕様そのものの見直しの提案をすることもあるといいます。現場の工夫だけでは足りず、業務仕様そのものを問い直す段階まで来ていることが伝わってきました。
ここでも起きていることは同じです。これまでは人を増やすことで成立していた。しかし、人を増やせないいま、どうにか工夫する必要がある。「このままでいいのか?」と自分たちの仕事のあり方を問い直さざるを得なくなる。人手不足が、長年続いてきた業務プロセスを見える化するきっかけになっているのです。
人手不足は、強烈な制約条件
イノベーションという言葉からは、新しい技術や画期的なアイデアを連想しがちです。しかし、実際には「制約」がイノベーションを生み出すこともあります。お金がないから工夫する。時間がないから工程を短くする。スペースがないから小さくする。そして現在の日本が直面している大きな制約条件が、「人がいない」なのではないでしょうか。
もちろん、「人手不足になればイノベーションが起こる」という単純な話ではありません。何も変えられなければ、現場が疲弊し、サービスが縮小し、事業そのものがなくなってしまいます。重要なのは、人手不足を「採用人数を増やせば解決する問題」としてだけ扱わずに、「仕事の仕組みそのものを変える必要がある」というシグナルとして捉えることなのだと思います。
日本の人口減少は、おそらく簡単には止まりません。だとすれば、「人をどう増やすか」だけではなく、「人が減ってもいまの暮らしを維持できる社会をどうつくるか」を考える必要があると思います。難しい宿題で気持ちが落ち込みそうになりますが、見方を変えれば、世界でも早い段階からこの問題に直面している日本は、「人が減る社会をどう動かすか」という問いに、世界に先駆けて答えを探すことになる国でもあります。
これまで人の力によって支えられてきた現場を見直し、一つずつ再設計していく。その先に生まれる新しい技術やサービス、オペレーションは、これから人口減少社会を迎えるほかの国々にとっても、大きなヒントになるかもしれません。
(文:ThinkD編集長 山内 基)


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