ThinkDでは、企業文化や組織づくりについて話を聞く機会がよくあります。ミッションやビジョンを定める。評価制度をつくる。社内イベントを開催する。企業が大切にしている価値観を組織に浸透させるために、さまざまな方法があります。
でも、取材を重ねるうちに、少し疑問を持つようになりました。そもそも「企業文化」とは、何なのでしょうか。
会社が掲げる言葉なのか。制度なのか。あるいは、そこで働く人たちの雰囲気なのか。最近の取材を振り返ってみると、企業文化とは、もっと地味なものなのではないかと思うようになりました。
同じ考え方に基づいた判断や行動が、何度も何度も繰り返され、それがいつしか、その会社にとっての「当たり前」になった状態を、企業文化と呼ぶのかもしれません。
マニュアルにない場面で、その会社らしさが出る
考える大きなきっかけになったのが、学校給食を提供する東洋食品の取材でした。
同社は1966年の創業以来、「信頼」という社是を掲げています。そして、1日約150万食を提供する現在まで、創業以来「食中毒ゼロ」を継続しています。
もちろん、食品を扱う会社ですから、衛生管理の仕組みは徹底されています。
たとえば東洋食品には、調理部門から独立した「衛生部」があります。保健所の出身者を中心に構成され、社長直轄の組織として、抜き打ちで現場をチェックする。創業以来大切にしてきた安全安心の考え方を、組織として仕組みに落とし込んできました。
ただ、取材で特に印象に残ったのは、その「仕組み」から外れたところで起きた出来事でした。
2017年ごろ、全国各地でノロウイルスによる集団食中毒が発生しました。原因が特定できないなか、東洋食品のある調理現場のチーフは「刻み海苔にウイルスが付着している可能性があるのではないか」という仮説を立てます。
ところが「刻み海苔を加熱する」という決まりは、マニュアルにはありませんでした。
それでもチーフは自治体の栄養士に相談し、許可を得たうえで海苔を加熱して提供しました。その学校では食中毒は発生せず、同じ食材をそのまま使用した別の学校では食中毒が起きたといいます。
なぜ、マニュアルに書かれていない行動を取ることができたのでしょうか。インタビューした東洋食品の荻久保専務は、社是である「信頼」に加え、「お客様、会社、自分」という優先順位や、「安全安心な給食を子どもたちに届ける」という目的が現場に浸透しているからではないか、と話していました。
この話を聞いて、企業文化とは何なのかが少し見えた気がしました。「マニュアルに答えがないときでも、その会社らしい判断ができること」。そこに企業文化の本質があるのかもしれません。
「言い続ける」という、ものすごく地味な方法
では、どうすればそんな状態をつくれるのでしょうか。荻久保専務の答えは、「言い続けることしかないと思っています」というとてもシンプルなものでした。
東洋食品には全国に2万人弱の従業員がいます。当然、経営陣が一人ひとりに直接話をすることはできません。
だから、事業部長会議や地方の会議、若手社員とのランチ会、社内報、経営方針説明会など、あらゆる接点で「信頼」について繰り返し伝える。社内報では、1ページの中に「信頼」という言葉が7回ほど登場したこともあったそうです。
階層を経るたびにメッセージの濃度は薄まる。だからこそ、何度も伝える。そして、「How=どうやるか」だけではなく、「Why=なぜやるのか」を伝える。従業員と話すときには「それって仮説は何?」と繰り返し問いかける。
派手な方法ではありません。むしろ、かなり泥臭く、効率化とは無縁です。でも、そうしたコミュニケーションが何年、何十年と積み重なることで、「この会社では、こういうときにこう考える」という共通認識が育まれていくのだと思います。
制度は大事。でも、制度だけでは文化にならない
ここまで書くと、制度や仕組みが不要だという話に聞こえるかもしれません。でも、そんなことはありません。
東洋食品の衛生部は、「安全安心」を守るための非常に重要な仕組みです。会社が大きくなれば、個人の意識だけに頼って組織を運営することはできないからです。
ただ、制度には限界もあります。マニュアルは、すでに想定できている出来事には対応できますが、まだ誰も経験したことがない問題についてすべての答えをあらかじめ書いておくことは不可能です。
だからこそ最後は、「何のためにこの仕事をしているのか」を理解した一人ひとりの判断が必要になる。制度が行動を支え、繰り返される行動が文化になる。そんな関係なのかもしれません。
「この会社では、こうする」が積み上がっていく
ほかの取材でも、似たことを感じました。
BuySell Technologiesでは、顧客満足度とコンプライアンスを非常に重視しています。出張訪問買取では、顧客からの声を拾いながら、成果を上げているメンバーの行動を分析し、言語化して全体へ広げる。徳重浩介社長自身も、先を見越して準備する「前始末」を大切にし、次の一手を早くから仕込み続けています。
Schooの取材でも、「変わらないために変わり続ける」という考え方が印象に残りました。同社は『Laboratory #105』というフィロソフィーのもと、「学び、学ぶ人を助ける」「変化し、変化させる」といった価値観を掲げています。ただ言葉を掲げるだけではなく、変化や挑戦を面白がり、状況に応じて「自分たちなりの正解」をつくって実行することを繰り返しています。
会社によって、大切にする価値観は違います。「信頼」かもしれない。「前始末」かもしれない。「変わり続ける」ことかもしれない。
共通しているのは、言葉だけで終わらせず、その言葉に基づいた判断や行動を何度も繰り返していることです。
企業文化とは、「組織の習慣」なのかもしれない
「新しいバリューをつくる」「評価制度を変える」「研修を実施する」ーーー企業文化をつくろうとすると、何か新しい制度を導入したくなります。
もちろん、それらも必要です。でも、その前に考えた方がいいことがあるのかもしれません。「自分たちの会社では、どんな行動を称賛するのか」「迷ったとき、何を優先するのか」「問題が起きたとき、どのように向き合うのか」。そして経営者やマネージャーは、それを日々の仕事の中で本当に実践しているのか。
一度や二度では、文化にはなりません。同じ価値観に基づく判断が繰り返され、それを見た誰かが同じように行動し、さらに次の誰かへ引き継がれていく。そうしていつしか、「この会社では、それが普通だよね」と誰もが感じるようになる。
企業文化とは、制度として導入するものというよりも、毎日の仕事の中で少しずつ形成されていく「組織の習慣」なのかもしれません。
東洋食品が「信頼」という同じ言葉を、1966年の創業から60年にわたって掲げ続けていることを考えると、企業文化をつくるのに近道はなさそうです。でも、だからこそ、一度つくられた文化は簡単には真似できない。「その会社らしさ」とは案外こういうところから生まれるのかもしれません。
(文:ThinkD編集長 山内 基)







