支援の限界と失敗からの学び
水野 :お客様の現場に深く関わってきたお話を聞くと、一方で、できることとできないことの線引きの難しさもあると思います。カスタマーサクセス(以下CS)として、期待値の調整や「引き受けない判断」「引き受け方に注意する判断」を行う機会は多々ありますか?
早川 :もちろん期待値調整が発生することはよくあります。たとえばセールスの気持ちとしては、「カケハシのシステムを入れれば夢のようにすべてが叶いますよ」「自分たちは何もしなくても、すべて自動でうまくいきますよ」ということをお客様に伝えたい部分もあると思うんです。ただ実際は、決してそんなことはありません。
そのため、「申し訳ないですが、お客様側にもいろいろとやっていただくことがあります」というお話をしたり、それだけの覚悟をお持ちかどうか確認させていただくことはあります。お断りするというよりも、しっかりと成果につなげるために、お客様にも徹底的に使い切っていただくための話し合いという感じだと思います。

水野 :これまでのご経験のなかで、「良かれと思って動いたけれどうまくいかなかった」という案件や、大きな失敗から学んだエピソードはありますか?
早川 :恥ずかしながらたくさんあります(苦笑)。たとえば、私がカケハシに入社して1年目のときは、いくつか引き合いをいただいて導入を進めようとした初期段階で失敗したことがありました。
何が失敗だったかと言うと、「最初はお試しで2〜3店舗に導入してみて、良ければ全店舗に広げていきましょう」という進め方をしたんです。結果として、お試しで終わってしまった案件が複数ありました。
水野:なぜうまくいかなかったのでしょうか?
早川 :失敗した理由はいくつもありました。私たちもたくさん反省したのですが、まずはセールスの段階で「良さそうだから、まずは3店舗くらいで導入してみるよ」というお客様の意向を、そのまま受けてしまっていたことです。
なぜこれが失敗かと言うと、「とりあえず3店舗で試してみて、良ければ全店舗で導入する」というスタンスと、「全店舗に導入するにあたり、まずこの3店舗に臨む」というスタンスとでは、お客様側のプロジェクトに対する覚悟がまったく違うからです。
そのため、現在の私たちは「とりあえずお試しをやってみて、良ければ広げる」というお話はお断りしています。そうではなく、「最初から全店舗に導入する前提で契約を取ってきてください」とセールスにも伝えています。
水野 :覚悟を持ってスタートしているかどうかで、結果が大きく変わってくると。
早川 :そうです。当時はその覚悟を問わないまま、「じゃあやってみましょう」とお試しで導入してしまいました。しかも、どの店舗でお試しをするかも、お客様の要望をそのまま受けてしまっていました。
お客様から指定される店舗というのは、誤解を恐れずに言うと、一番運用が難しかったり、さまざまな課題が複雑に絡み合っている店舗だったりします。ゲームで例えるなら、いきなり「一番強いボス」に挑戦するような状態です。私たちはまだレベル1で強い武器も持っていない。これから経験値を積み上げていく状態なのに、いきなり高難易度の課題に立ち向かっても太刀打ちできません。
水野:いきなりハードルの高い店舗を担当することになったわけですね。
早川 :そうなんです。意地でも成功させようとして、お客様側のプロジェクトメンバーを巻き込み、私たちも非常に工数をかけて、なんとか現場を良くして数値結果を出したケースもなかにはありました。
ですが、そのプロセスが大変すぎたので、一緒にがんばってくださったお客様側のプロジェクトメンバーが疲弊してしまったんです。
「カケハシのプロダクトを使うとこんなに疲弊するなら、他の店舗に展開したくない」という悪評がお客様側で広まってしまい、当時は「どうすれば先に進めるんだろう…」とすごく悩みました。
水野:その失敗から得られた学びや気づきはありましたか?
早川 :学んだことは「お客様の言いなりになってはいけない」ということです。私たちに求められていることは、プロダクトのプロフェッショナルとしてお客様を正しくゴールへ導くことです。
自分たちだけではどうしようもできませんし、お客様と一緒に現場を立ち上げて一進一退で前を目指すことがプロジェクトの前提です。お客様と一緒に成果を出すための「本当の覚悟」をつくり上げていくプロセスの重要性を、当時の私たちはわかっていませんでした。
言われた通りにがんばっていたつもりでしたが、それでは正しい導き方ができず、長い時間をかけていろんな人を巻き込んだのに良い結果につなげられなかった。それは大きな失敗であり、反省すべきことでした。
水野 :その失敗・反省を経て、現在の交渉のやり方や導入プロセスはどのように変わったのでしょうか?

早川 :まず、事前のディスカッションをしっかりと行い、セールス段階から全店舗導入を前提としたスケジューリングやプロジェクト計画を立てるようにしました。
たとえば「200店舗に導入する」となった場合でも、手前の段階でCSも加わって「月に何店舗ペースで導入すれば、いつまでに全店舗導入が完了するか」という全体スケジュールを一緒につくっていきます。
お客様によっては「5年かけて全店舗に展開しよう」とおっしゃることもありますが、それだと間延びしてしまう場合は「1年でやりましょう」と交渉し、凝縮された密度が高いスケジュールで進めるようにしています。
先行導入の店舗に伺う際も、お客様が自立して全店舗展開できるように事前準備を徹底します。具体的には、事前に訪問しておいて、当日に行うべきサポート内容を洗い出しておいたり、導入後の振り返り計画などをつくっておいたりします。そうすることで、ポイントを押さえたサポートが可能になり、全店舗展開の段階ではお客様自身で推進できるような体制を最初からつくるようにしています。
組織への展開とCSとしての成長
水野 :次は組織づくりやキャリアについて伺っていきたいです。実際の支援現場から得た判断軸やノウハウを、チーム全体で活用するために、どのような工夫をされていますか?たとえば、メンバーの担当案件が順調に進んでいるかどうかは、どこを見て判断されていますか?
早川 :実は、私はどちらかというと放任主義なタイプなんです。メンバーには「マネージャーである僕はもちろん、経営陣や開発チームも含めて、いつ・どこで・どのように使うかも君たちのスキルのひとつだよ。使えるものは何でも使ってね」と普段から言っています。
「どこを見て判断しているか」については、社内のリソースをうまく活用しています。導入店舗数やMRR(※)といった定量的な指標は事業企画チームが毎月まとめた数字を出してくれているので、それを使って状況を把握しています。細かくレポートしてくれるメンバーもいれば、そうではないメンバーもいるので、定量的な情報は第三者のオフィシャルなものを使っています。
(※)MRR:Monthly Recurring Revenueの略で、毎月継続して得られる月次経常収益(月間の定期売上)のこと。
一方で定性的な進捗については、メンバーとの定期的な1on1で把握しています。必要があれば、雑談混じりに「最近あの案件の進みが遅いようだけど何かあった?」などとヒアリングしながら、ゆるやかにキャッチアップしてサポートに入るかを判断したりしています。
水野 :特定のメンバーの成功事例などを、チーム全体で共有する仕組みはあるのでしょうか?
早川 :もともと、それがすごく苦手で、うまく仕組み化できていませんでした。それぞれのメンバーが個人商店化してしまい、「ノウハウを共有する場をつくろう」と集まっても、忙しくなってくると参加者が減って自然消滅するということを繰り返していたんです。
その反省もあり、いまでは毎月1回必ず全メンバーで集まる「オフサイト」を開催しています。その主要アジェンダとして、メンバーにうまくいった事例を発表してもらったり、私たちが「これは良いね」と思ったものを取り上げて共有するようにしています。
また、Slackのなかにナレッジ共有専用のチャンネルをつくり、整っていなくても良いので「ちょっとでも良さそうな事例があればとにかく投稿してシェアする」という文化をつくっていきました。こういうのは上の人間がやらないと定着しないので、最初は私が率先して投稿するようにしていました。
水野 :次に、CSとして「もう一段成長したい」と思っている読者の視点から伺いたいです。CSとして自身の行動や顧客への向き合い方において、どこを見直せばより成長できると思いますか?
早川 :私自身の経験やメンバーを見ていて思うのは、無意識のうちに自分でできることの枠を決めてしまっている人が意外と多いということです。

「自分自身で何ができるか」「担当として自分が対応しなければいけない」という具合に自分を主語にして考えてしまうと、自分ができる範囲のことしか提案できず、お客様への提供価値が限定的になってしまうと思います。
そうではなく、主語をお客様にしてみることをお勧めします。「お客様にとって、何が一番成果につながるだろうか」を考えたら、自分ができることだけにこだわる必要はありません。カケハシであれば、代表の中川や経営陣、開発チーム、CS以外の部署のメンバー、そしてもちろん私も含めて、社内のリソースで使えるものは何でも巻き込んで使えば良いと思います。
「お客様のためになる提案をしたいけれど、どんなニーズがあるかわからない」という場合は、極端な例ですが経営陣にお客様と飲みに行ってもらい、ニーズを聞き出してもらうのもひとつの方法です。
自分の枠に閉じこもることなく、「お客様に成果を提供するために、社内の使えるカードをすべて使う」という思考に切り替えることが、成長のための大きなポイントだと思います。
水野 :一方で、ご自身がマネージャーとして意識していることはありますか?
早川 :マネージャーの大切な役割のひとつに、「外交官」としての側面があると思っています。開発やセールス、マーケティングなど、他のチームとCSをうまく接続して、連携しながら一緒に何かを達成していく役割です。
そのために、日頃から他のチームと積極的にコミュニケーションを取ることを心がけています。相手の課題を聞いて、自分にできることがあればサポートしたり、こちらの状況を共有することを意識しています。そうやって他部署との接続を維持しておくと、新しいメンバーが入ってきたときもスムーズに連携できますし、結果的にお互いの課題解決や新しい提案につながっていくと感じています。
水野 :いよいよ最後の質問です。これからCSとしてキャリアを築いていく人たちに向けて、CSという職種の可能性やキャリアの広がりについてのお考えを教えてください。
早川 :私は「CSは社内における人材の輩出元になるべきだ」と思っています。というのも、お客様がプロダクトを使って何を感じているのか、どこに苦労をしているのか、どんな課題や期待を持っているのかなどを一番理解しているのはCSだからです。お客様の解像度が一番高いCSが社内のさまざまな部署に広がっていくことで、会社全体が間違いなく強くなると考えています。
実際に、カケハシでもCSからプロダクトマーケティングマネージャーやマーケティングに異動したり、グループ会社と協業して活躍している人たちがいます。顧客の現場を知り尽くしているので、セールスも含めてあらゆる職種に活きる共通の強みになります。
CSの仕事は、単にツールの使い方を教えるものではありません。手段を手に入れたお客様に「これから何を実現していきましょうか?」と伴走し、本当のパートナーになっていく素晴らしい仕事だと思っています。お客様と徹底的に向き合った経験の先に、自信を持ってさらにCSを極めたり、さまざまな領域にキャリアを広げていって欲しいと思います。
水野:本日はどうもありがとうございました!

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