ご自身について
水野 :一時帰国のお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。さっそくですが、簡単に自己紹介をお願いできますか?
中谷 :株式会社マツリカというBtoB向けSaaSのスタートアップで働いている中谷です。最近は忙しすぎてあまり動かしていないのですが、セールスサイエンスラボという合同会社もやっていて、そこのオーナーでもあります。
会社員としてはマツリカが4社目で、新卒で入社したのはノバルティスファーマという外資の製薬会社です。富山県に配属になり、一般的には営業職と言われるMRとして、ドクターを相手に仕事をしていました。
営業成績としては、一定期間ですが日本法人の中で一番の売上を残すことができました。3年強くらい働いたあとに、当時総合系のコンサルティングファームだったベイカレント・コンサルティングという会社に転職しました。営業以外にも自分のキャリアに広がりを持たせたいと思っていて、もう少し経営に近いことを経験し、拡張性が高いスキルを身につけたかったというのが理由になります。
営業とコンサルを経験し、今度は「営業のコンサルティングをやりたい」ということでリブ・コンサルティングという会社に中途入社しました。そこでは日本全国の中小企業やベンチャー企業を中心に、営業改革やセールスイネーブルメントのコンサルティングを経験させてもらいました。
ただ、自分の時間と労力を使ってコンサルティングをして、どこか1社の会社を変えられたとしても、世の中はなかなか変わらないということを痛感したんです。「より広範囲にインパクトを出せることはなんだろう?」と考えたときに、僕の場合はセールステックでした。そこでセールステックのスタートアップを探した結果、「ここしかない」と思いマツリカに入社したという形になります。

水野 :マツリカさんを選んだ決め手はなんだったのでしょうか?
中谷 :マツリカに入社したのは2018年なのですが、当時はまだセールステックはそんなに盛り上がっていませんでした。プレイヤーも少なくて、5社〜10社くらいだったと思います。
営業組織をコンサルするとなると、案件をどう効率的に動かしていくかとか、顧客管理をどうするかとか、そういうことがベースになります。そのため、セールステックの中でもCRM領域の情報を扱うことが一番多いです。セールステックに関わるさまざまなデータが入る先がCRMなので、そう考えたときにマツリカしかなかったというのが決め手になります。
水野 :いまの仕事内容をご説明いただけますか。
中谷 :僕としては「セールステックがやりたい」の一点だったので、最初は総合職みたいな扱いで入社しました。
当時はカスタマーサクセスのチームを組織化するタイミングだったので、その立ち上げに参画したのが最初の仕事になります。1年くらいやったあとに「もうちょっと会社の成長角度をあげたいね」という話になり、ミッドマーケット〜エンタープライズ営業組織の立ち上げマネージャーをやることになりました。そこで成果が出たので、次はVP of Sales & Marketingポジションで、セールスとインサイドセールスとマーケティングの部門統括をさせていただきました。
2021年からは社内起業という形で、自分で構想したデジタルセールスルーム「DealPods」という事業をやっています。実は、事業の構想ができたときには二つの選択肢があったんです。独立起業してやるか、マツリカからリソースをいただいて社内起業するか。ただ、この構想がマツリカのCRM事業と非常に相性が良いと判断され、エンジニアやメンバーをアサインしてもらって、社内で僕の事業を立ち上げることにしたんです。
そこからは新規事業およびプロダクトのオーナーをしています。デジタルセールスルーム「DealPods」はある程度成長してきたので、マツリカのCRM側の主力チームが扱う商材として格上げされました。並行してまた新しいプロダクトを開発していまして、2025年の春にローンチする営業AIエージェント「DealAgent」になります。
水野 :ありがとうございます。いまは海外にいらっしゃると思いますが、その辺の経緯もお聞きできますか?
中谷 :これまでずっと「海外に行きたいな」と思っていましたが、特に英語が得意なわけじゃないですし、きっかけがありませんでした。ただ、妻がアメリカ生まれだったので米国籍を持っていたんです。
ふたりで「どこかに移住しようか」みたいな話をしたことがあったのですが、そのときは「ヨーロッパならドイツかオランダかな」「アジアならマレーシアかな」みたいな感じでした。ただ、自分が極めていきたいセールスやセールステックの領域の仕事は、アメリカが最も進んでいるので、最終的にはアメリカへの移住を決意しました。
水野 :お話をお聞きしていると、マツリカさんは自由に働かせてくれる感じがしますね。
中谷 :そうですね。ただ、僕はちょっと特殊なケースかもしれませんが(笑)。

『セールステック大全』が生まれたきっかけ
▶︎ 出版しようと思った理由
水野 :2024年に『セールステック大全』を出版されています。そもそもなぜ書こうと思ったのですか?
中谷 :理由は大きく3つありまして、ひとつめは本当に小さいことなのですが、僕の名前が関係しています。「真史」というのですが、「史」は歴史に残るような何かを成し遂げて欲しいという想いで親がつけたみたいです。そのことを小さい頃から聞かされて育ってきました。そのため、小さなことですが自分の会社を持ったり、書籍の出版のように、自分の名前が形として残るものをつくりたいという気持ちが昔からありました。
その上で、ビジネス的には2つの理由があります。まず、僕は営業系の書籍を読むこともあるのですが、手に取るのは海外で話題になったものを日本語訳した書籍が多いです。「なぜ日本の書籍に興味を持たないんだろう?」と考えてみたら、すごく定性的で、情緒的なものが多いからというのが個人的な結論でした。どういう背景があったからそうなったのかが良くわからないことが多く、データやロジックで書かれていないことにとても違和感がありました。そのため、ちゃんとした客観性とデータとロジックが揃ったものをつくりたかった。日本の営業系の書籍でそういうものがなかったので、僕しかできないからやってみようと思ったんです。
最後の理由は、プロモーション的なものです。セールステックもいろいろ出てきていて、それぞれが自分たちの言い方で断片的に発信するので、情報を受け取る側は「何がどうなっているのかわからない」という状況だったと思います。そのため、客観的に、網羅的に、全体をまとめて、それぞれを整理して、ちゃんとわかりやすいように伝えてあげることが必要だと考えました。
セールステックは41カテゴリーに整理できるのですが、市場の全体像を提示したうえで話を始めないと、良くわかってないのにサービスを買ってしまう人が増えてしまうと思いますし、営業も騙そうとする人が出てくると思うんです。「営業から何かを売りつけられる」みたいな印象を持っている人はまだまだ多いと思いますが、そういうイメージをちゃんと進化させないとダメだなという感覚が僕の中にあって。でも、まわりを見渡してもそれができる人がいなかったから、自分でやろうという感じでした。
▶︎ 過去の自分を振り返ってみて
水野 :客観性や網羅性が「大全」というタイトルにつながったということですね。ちなみにですが、これまでのご自身を振り返ってみて「経験できて良かったな」という出来事やターニングポイントはありますか?
中谷 :印象的だったのは、新卒で入社したノバルティスファーマ時代の出来事ですね。当時担当していたのは、人口数万人・高齢化率35%みたいな市ばかりのエリアでした。顧客であるドクターも60代以降が多くて、現在の「テクノロジーを活用しよう」という流れとは真逆の世界でした。人間と人間の関係性によってのみ取引が生まれ、経済が動くみたいな感じでした。
この状況には良い面もそうじゃない面も両方あると思うのですが、良い面に焦点を当てるとするならば、ただの仕事上の関係ではなくて、「みんなで何かを成し遂げる」という動きが起きたことがありました。薬の営業なので、顧客であるドクターやその後ろにある基幹病院や医師会、それに販売代理店など複数のステークホルダーがいるのですが、僕が各所とうまく関係性をつくることができて、みんなが僕を信頼してくれた結果、一丸になって「中谷を一番にしてやろう」みたいなムーブメントが起きたんです。
仕事なので、本来であれば契約通りにお金と製品が動けばそれで良いのですが、それに加えて「応援するぞ」とか「がんばれよ」とかみなさんの気持ちが乗っかってきて、取引先以上の関係性になることができました。なんだか青春みたいな感じだったのですが、結果的にそのエリアのマーケットが動いたというのは、すごく尊いことだなと思っていて。そういう経験ができたことは、個人的にとても大きかったですね。
水野 :いろんな方を巻き込んで、お互いに協力的な関係性をつくることで、大きな成果と素晴らしい人間関係が得られたということですね。逆に、もし過去に戻れるとしたら、こういうことをしておけば良かったということはありますか?
中谷 :仕事という観点だと、ちょっと思いつかないですね。これまでいろんな決断をしてきましたが、それらすべてがいまの自分がいる場所につながっていると思っています。いまこの瞬間も、自分で自分に期待を持てる状態で生きることができているので幸せだと思っています。ただし、学生時代に戻れるのであれば、留学しておけば良かったと思うことはありますね。
というのも、僕が極めようとしているのはセールスとセールステックなのですが、この分野って研究にしてもいろんな取り組みにしても、全部アメリカが一番進んでいるんです。一方で、アメリカの企業の人と話をしたり、実際に営業を受けたりもするのですが、正直なところそんなに個人のレベルが高いとは感じないんです。
研究や取り組みはアメリカが進んでいて、経済的には明らかに日本よりもアメリカが強い。成功しているプレイヤーもたくさんいるし、お給料だってむこうのほうが高い。でも、仮に言語が同じであるならば、僕は負ける気がしないんです。
ただ、自分の頭の中にあることをうまく言葉にして伝えることができないということは、それだけで競争のスタートラインにも立てていないと考えると圧倒的な敗北だと思っていて。言語というビハインドがない状態で勝負することができたなら、どれだけ上にいけただろうかと考えるときはありますね。
営業として大切にしていること
水野 :ご自身が営業として大事にしていることがあれば教えていただけますか。
中谷 :ひとつは、売り手と買い手がWin-Winであることですね。お互いに等価交換をすること。そのための関係性をやり取りを通じて築いていくことはすごく重要視しています。
もうひとつは、個人としての価値をちゃんと出すということです。商材がなくても、「中谷さんと話せば勉強になるから、時間があったらとりあえず話そうよ」と顧客から声をかけられるとか。何か案件が発生したら、競合せずにバイネームで指名が入り、受注が確定しているみたいな状態ですね。いかに営業しなくて良い状態をつくるのかというのは、個人的には大事にしています。
水野 :たしかに理想ですよね。ただ、非常に難易度が高いと思います。そこに至るまでにどのようなことをしてきたのでしょうか?

中谷 :勉強することだと思います。勉強して顧客の業界や業務知識にめちゃくちゃ詳しくなることです。僕は、セールスパーソンに対してさらに良い営業活動ができるような商材を扱っているので、僕にとっての業務知識は「営業という仕事に詳しくなること」です。
たとえば、僕がいちばん最初にやったのはLinkedInでの情報収集です。海外の企業が500社くらい並んでいるセールステックランドスケープのベンダーをすべて調べて、LinkedInで全部フォローしました。そうすると、僕のLinkedInのタイムラインが海外ベンダーが出している情報で埋め尽くされるんです。それを学んでいるだけで、世界のセールステックベンダーやセールスコンサルティングの会社が何に注目しているか、どういうことができるようになったのか、この先の未来にどんな良い変化が起きそうかがわかってきます。
同じ単語がいろんな会社から出ていたら、キーワードなので検索してさらに深く調べることもできますし、この積み上げだと思いますね。英語が苦手だとしても、Microsoftが翻訳してくれますから大丈夫です(笑)。シンプルな行動で効果的なやり方だと思いますが、同じことをしている人には会ったことがないですね。
水野 :いまの話以外に、営業にもさまざまなフレームワークがあると思います。そういうものを意識することはあるのでしょうか?
中谷 :いまはあまりしていないですね。「意識しないようにした」という表現が正しいかもしれません。もちろん、若手のときはたくさん勉強しました。わからないことがあればとにかくGoogleで調べまくりますし。いろんなフレームワークがあることや、どういうときに有効なのかといった基礎的な知識はめちゃくちゃインプットしました。その土台があった上で、いまはほとんど意識しないようにしています。
というのも、フレームワークを使うことが目的になってしまうと本末転倒ですし、いくらスキルを高めてもあまり面白くないだろうなと思っているんです。
これは個人的な考えなので、「そうじゃない」という方もたくさんいると思います。その前提を置いたうえでの話なのですが。たとえばですけど、めちゃくちゃトレーニングして、勉強して、何かのテストで営業スキルが100点満点という人がいるとするじゃないですか。その人ががんばって営業するよりも、影響力がある人がSNSとかで「これいいよ」って言ったほうが売れると思うんです。スキルが高いことよりも、誰が言うかのほうが重要みたいなことなんですけど。
個人的に、影響を与える側に行きたいと考えています。そのために、たとえばブログを書くことや書籍を出版すること、SNSで投稿すること。そういうことを通じていろんなノウハウを発信していく。そうすることで「この人の言っていることって役に立つよね」という状態をつくりたいと思っています。これは、セールスよりマーケティングに近い話かもしれません。この状態をつくることができれば、「この人が提案してくれるなら間違いない。買いましょう」となるじゃないですか。スキルとかテクニックを否定するわけではないですけど、そういうものが関係ない世界をつくりたいなと考えています。
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