ご自身と「イネーブルメント」について
水野 :本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。最初にプロフィールをお聞きしてもよろしいでしょうか。
山下 :株式会社Xpotentialで代表取締役会長をしています山下です。今日はよろしくお願いいたします。
プロフィールですが、新卒で日本ヒューレット・パッカードに入社し、法人営業からキャリアをスタートしました。その後、船井総合研究所というコンサルティング会社、そしてマーサー・ジャパンという人事系のコンサルティング会社で働き、2012年からセールスフォース・ドットコムで仕事をしていました。
セールスフォースでの仕事ですが、Sales Enablementという組織の本部長をやっていました。営業の生産性を高めることを目的に様々な施策の統括をしていたんです。セールスフォースは世界中でビジネスをしていますが、日本がグローバルで最も高い営業生産性をとることができました。その仕組みづくりの統括をしていたというバックグラウンドになります。まぐれでたまたまトップになったと言われないように、しっかりと仕組みをつくり、再現性と継続性を発揮できるように取り組んでいました。

そのときの経験が創業につながるのですが、セールスフォースのお客様には「営業が売れる状態をどのようにつくるのか」に興味関心がある企業が多く、「社内でどうやっているのですか?」と聞かれることが良くあったんです。そこで、お客様向けに自分たちの取り組みをご説明する機会が結構ありました。その機会が毎年少しずつ増えていきました。社内で作り上げた仕組みは売り物ではなかったのですが、非常に多くのニーズがあると感じたんです。
2015年くらいからだと思いますが、海外でもイネーブルメントのマーケットができてきて、日本にも強い課題感を持っている企業がたくさんありました。「これは日本でも求められるようになるな」と考え、自分で会社を立ち上げたという流れになります。
水野 :ありがとうございます。創業された2019年には「セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方」も出版されていますが、改めて「イネーブルメント」や「セールスイネーブルメント」について教えていただけますか?
山下 :そうですね。「イネーブルメント」は「できるようにすること」という意味で、「セールスイネーブルメント」は一言で表すなら「営業が売れ続けるための仕組みづくり」だと考えています。
もともとは営業育成の文脈が強く、「営業の成果と育成をしっかりとつなげるにはどうすればいいか」から徐々にスコープが広がっていったと思います。いまでは、育成はもちろん、育成以外も含めて、「どうすれば営業が高いパフォーマンスを出し続けられるのか」という大きなスコープで「イネーブルメント」と表現することが多いと思います。
営業企画や営業推進という組織がありますが、その多くがデータの分析や資料の作成といった企画寄りの役割だと思います。イネーブルメントは違っていて、営業のエグゼキューション(実行・実施)レベルを引き上げることが役割です。そのためには、育成コンテンツの整備もやりますし、マネージャーの方に向けた部下指導のコーチングもしたりします。これまでは管理職の方が現場でやっていたことを外に切り出して、外部から支援する。それが、イネーブルメントという機能だと捉えていただくのが良いと思います。
▶︎ いまイネーブルメントが必要とされている理由
水野 :以前は「イネーブルメント」という言葉はもちろん、職種もありませんでした。どういった背景で、いま必要とされているのでしょうか?
山下 :それを考えるには、イネーブルメントの起源を振り返るとわかりやすいと思います。諸説ありますが、一番大きなきっかけはデータにあると言われています。技術が進歩し、SFAやCRMなど、営業に関わるさまざまなデータが取れるようになりました。
それらのデータは、まずはプロセス管理に活用されます。ただ、営業の役員やマネジメントが求めているのは、実際に営業が売れるようになるためのプランや施策です。そのため、さまざまなデータを活用することで営業の生産性を高められるのではないか、という動きが出てきて、2010年ごろには米国でSeismic社というイネーブルメントプラットフォームを提供するベンダーなどたくさんのイネーブルメントIT企業が誕生しています。そして、2015年くらいだったと思いますが、SFAやCRMのデータと連携する形で営業の武器となる情報やトレーニングを提供するようになりました。このあたりが、イネーブルメントが広がるようになった始まりだと思います。
SFAやCRMが普及し、いろんなデータが取れるようになりました。しかし、それを活かすための「How」がなかった。営業部長やマネージャーがそれぞれの視点でデータを見て、それぞれのやり方で現場の育成に使用していました。そこにはどうしても属人性があり、再現性や継続性に乏しかった。
そこで、できるだけ属人性を排除し、どの営業でも売れるようにするにはどうすればいいか?と問い続けた結果、「できるようにすること」というイネーブルメントの概念に行き着いたのだと思っています。
水野 :なるほど。社内でイネーブルメントを行う担当者は、日本ではSaaSの会社様に多い印象がありますが、実際はどうなのでしょうか?
山下 :私たちのお客様においては、という言い方になりますが、大手企業が多いです。ITや製造、金融など業種はさまざまで、SaaSかどうかではなく、営業の人数が多いかどうかがキーポイントかと思います。人数が多ければ多いほど、どうしても属人化が進むので、営業のパフォーマンスがバラつくため、それをどうにか是正したいというのが彼らの悩みです。そのため、大手企業にはイネーブルメントの特徴がパチっとはまります。
水野 :セールスフォース時代にもパフォーマンスのバラつきを解決していらっしゃったと思うのですが、具体的にはどういう取り組みだったのでしょうか?
山下 :そうですね。セールスフォースはSFAを売っている会社ですから、自分たちの営業に関するデータはたくさん保有していました。そして営業向けのトレーニングにおいても、いろんなプログラムがありました。そんな中で私がやったことは、成果起点でどんなコンテンツや指導が必要なのかを詰めていき、価値あるソリューションに磨き上げたうえで、営業の方々が実践できるまで伴走支援していくということです。
というのも、当時のセールスフォースには毎月数十人単位で営業の中途社員が入社してくるんです。営業の型があるので、それを1ヶ月くらいのトレーニングでしっかりインストールしてもらうのですが、すぐに成果につながるわけでもないので、その後のデータを見て検証するんです。検証の結果、最初のトレーニングだけでは不十分だということがわかったので、状況に合わせて複数のコンテンツと指導パターンを考え、実践できるまで、成果が出るまで伴走支援するというやり方を取っていました。

もう少し具体的に言うと、「営業生産性という指標をどこに置くか」をまず最初に考えていました。セールスフォースでは営業の達成率の中央値を指標の一つにしていました。その指標はグローバルでも共通の生産性指標に設定されていました。日本でも他の地域と比較してしっかりと上げ続けていくという目標にしたんです。
そして、中央値に近い営業は誰なんだろう?とデータで把握しにいきました。支援しなくちゃいけない対象者を明確にし、その人たちの育成テーマを抽出したんです。
たとえば、お客様向けの仮説ヒアリングのレベルが低いから、そのレベルを引き上げるための育成コンテンツをつくるとか。大きな商談が獲得できていないのであれば、ビッグピクチャーとかビジョンセリングの仕掛けが弱いので強化しようとか。普通であれば全員に一律でトレーニングするところを、育成対象者と育成テーマがわかっているので、ピンポイントで施策を実施していったんです。
施策の中身もさまざまで、個別の対象者に向けたコーチングもありますし、マネージャーへのコーチングもあります。営業向けの事例集や競合対策資料、提案書のテンプレートといったコンテンツづくりもあります。そういったものを、営業プロセス別、業界別、ソリューション別という具合にカテゴリーごとに整備していく。そういうことをやっていました。
水野 :ということはセールスイネーブルメントの役割を担う方々は、基本は営業経験者であるということでしょうか?
山下 :ベターではありますが、マストではありません。実際に、私はセールスフォースに7年半在籍していましたが、営業をやったことはありませんでしたから。
ただ、営業の仕事についてはもちろん理解している必要があります。自分で売ってくる必要はないものの、いろんな人の売り方のエッセンスを抽出し、それをどの営業でもわかる形に加工してプログラム化していたので。
どの会社にも基本的な営業の流れがあると思うのですが、それはつまり、その会社ならではの勝ちパターンだと思うんです。それが何なのかを体系化して整理し、プログラム化する。後で成果を測れるようにデータ化する。そういうことを意識してやっていたと思います。できるだけ属人性をなくし、再現性と継続性を持たせることが、営業が売れ続けるための仕組みづくりにつながるからです。
▶︎ 海外と日本の違いや、従来の育成プログラムとの違い
水野 :海外と日本を比較したときに、何か違いがあったりするものでしょうか?
山下 :海外は育成テーマがどちらか言えばオンボーディングですよね。入社して初期の教育がほとんどで、その後は本人の頑張り次第だと思います。要は、成果が上がらない人を育成で引き上げるという発想があまりありません。辞めてもらって次の人を採用するからです。
日本の場合は、すぐに解雇できるわけではありませんから、いまの人員を育成して伸ばしていく。人材にしっかりと投資するという特徴があるので、入社後も継続的にサポートしていくというのが大きな違いだと思います。
水野 :継続的にサポートを行う場合は、中長期的な育成プランを立てるものでしょうか?
山下 :イネーブルメントでは、「特定の期間内に、特定の売り方ができるようになる」という具合に、ゴールとなるレベルを先に示して、そこまでできるだけ早く持っていくにはどうすればいいかを考えることが多いです。一般的には、入社何年目でこの研修を受けるとか、この役職になったらあの研修を受けるとかあると思いますが、階層別研修のような発想がイネーブルメントにはほとんどありません。今期や中長期の経営目標があって、その達成に向けて組織のレベルをどのラインまで引き上げるか、というイメージですね。
また、扱う商品が増えたり、新たな競合が現れたり、内外の環境も変化すると思います。「売り先」「売り物」「売り方」はどんどん変わっていくので、その変化に合わせてイネーブルメントも支援プログラムを見直していくという感じです。
水野 :たとえば御社がご支援する顧客に対して、「こういうケースはこう」といったフレームワークのようなものはあるのでしょうか?
山下 :あまりないんです。ヒアリングをする際の観点はある程度決まっていますが、どのような課題があるかは会社ごとに異なりますから、ケースバイケースです。「売り先」「売り物」「売り方」もさまざまなので、まずは伸ばすべき指標が何なのかをしっかりと特定することが非常に重要だと考えています。
「イネーブルメント」の利点とは
水野 :イネーブルメントが広がっていくことで、世の中にどのようなメリットがあるのでしょうか?
山下 :一番大きいのは生産性が向上することだと思います。日本全体と言うと言い過ぎかもしれませんが、法人企業における生産性向上が上がるのはとてもポジティブではないでしょうか。労働人口が減少傾向にある中、営業の人数を変えることなく売上がアップしますから、生産性は上がるはずです。
あとは、「営業の仕事って楽しいな」と感じてくれる営業の人たちが増えるんじゃないかと思います。売るための具体的な方法論を体系立てて習っている方って、実は多くないと思っているので。
売り方は上司から教わるもので、「背中を見て学べ」や「真似をすることからやってみよう」という感じで、いわゆるマネージャーガチャみたいな状態はすごく不幸だと思っています。そうではなく、どんな営業でもしっかりとプログラムをこなすことで成果が出る状態をつくる。そうすれば、「営業って楽しいな」と感じてもらえる方が増えるので、すごく良いことだと思うんです。

キャリアという文脈だと、イネーブルメントを担当する「イネーブラー」という新しい選択肢が今後は増えていくのではないでしょうか。営業のキャリアパスって、リーダーになり、マネージャーになり、営業部長になって、営業の取締役になるといった縦のラインしかなかったと思います。仮に途中で転職して、営業からコンサルにキャリアチェンジしたとすると、その場合は求められる能力に結構な開きがあるので転職してからが大変だと思うんです。逆にイネーブラーであれば、営業の経験も活かせますし、コンサルティングの要素も強いので、これまでにないキャリアの選択肢になるのではないでしょうか。
セールスフォース時代には、営業のハイパフォーマーの次のステップとして、イネーブラーを位置づけたことがありました。育成の知見や全社観点を理解してもらったうえで、営業マネージャーになるというキャリアパスだったのですが、営業の方にとって可能性をすごく広げられるのではないかと思っています。
水野 :少し話が逸れてしまうかもしれないのですが、育成プログラムやコンテンツの作成は営業企画の役割だと思います。営業企画とイネーブラーで役割が重複しないものでしょうか?
山下 :別の役割だと思いますね。営業企画の方はデータの分析や資料の作成が得意ですが、実行施策に落とし込んだ上で現場に入り込んで推進するのは難しいと思うんです。
営業企画の方が得意なことの一つがデータ分析だとしたら、イネーブラーが得意なことは体系化やプログラム化なんです。体系化やプログラム化を分解すると、エッセンスを抽出して、営業がすぐ使える武器に仕立て上げて、現場に落とし込んで実行を支援し、その結果をデータで検証することです。理想はこのサイクルをすべて回せることなので、営業企画とは仕事で使う筋肉が異なると思います。
水野 :確かに、営業企画は資料をつくってくれますが、その使い方を現場に説明するのはマネージャーの役割だったりしますね。
山下 :そうなんです。現場への説明も育成の一部だとすると、マネージャーは売上と育成の両方の責任を背負うことになります。売ることは専門家ですけど、育成はちょっと苦手という方が多いと思うので、そこはイネーブルメントチームに切り出すことで、選択と集中が進むと思います。
ただ、社内にイネーブルメントチームがない企業が多く、外部から採用しようと思っても市場には少ないです。なので、「であれば、社内でそういうキャリアパスを作ってみるのはどうですか?」という提案をしています。事実、「それはいいですね」ということでトライアルしている企業が増えていますね。
日本の大手企業で多いのが部分最適で、トレーニングはトレーニング、データ分析はデータ分析、営業はとにかく売ってくるという具合に、それぞれが個別に分かれているんです。分断されているそれぞれをイネーブラーがつないであげるだけで、生産性が上がりますし、営業を好きになる人が増えるはずですし、新しいキャリアパスにもなる。けっこういいことがたくさんあると思っています。
▶︎ イネーブルメントは万能なのか
水野 :セールス以外の職種でも、たとえばバックオフィスでも同様の効果が期待できるものでしょうか?
山下 :そうですね。バックオフィスはちょっと難しいかもしれなくて、やっぱりセールスとの親和性が特に高いですね。なぜかというと、売上や利益といった成果データを取ることができるので、結果を検証しやすいからです。
目標とする売上や利益があり、それを達成するためにイネーブルメントの概念が効果的なので、会社としても投資しやすいという背景があります。セールス以外だと、たとえばカスタマーサクセスイネーブルメントがあります。サービスの解約率などで目標とするラインを決めて、それを達成するにはどういうスキルが必要で、どんなコンテンツで学んでいくのか。そして実際の契約率はどうだったのかを検証し、どんどんサイクルを回していくというものです。ほかにも、海外では顧客接点全体をスコープにしたレベニューイネーブルメントというのもありますね。これはCROの右腕のようなポジションです。
日本では、まだまだセールスイネーブルメントが市民権を得てきたくらいのフェーズだと思いますが、海外ではレベニューイネーブルメントなど広がりが出てきているので、今後さらに増えていくと思います。
「イネーブルメント」に情熱を注ぎ続ける理由
水野 :書籍を出版されたり、ご自身で起業されたり、山下会長がイネーブルメントにそこまで情熱を持っていらっしゃるのはなぜなのでしょうか?
山下 :一言で表すと「楽しいから」です(笑)。これには個人的な原体験があるのですが、もともと社会人のファーストキャリアは営業だったんですよね。とびきり売れてたかというとそうではなくて、売れる時もあれば、そうじゃない時もある。パフォーマンスにバラつきがある営業でした。売れた時の喜びもわかるし、売れない時の苦しみもわかるというタイプだったんです。みんなが安定的に成果を出し続けることができたら本当にハッピーだと思うものの、当時そんな方法論や枠組みはありませんでした。
ただ、セールスフォースでの仕事を通じて、売れる人がどんどん増えていくのを見て、「これは楽しいな」「素晴らしいことだな」と実感しました。このような個人的な体験から、イネーブルメントの概念を通じて世の中に貢献できると実感したので、情熱を持って取り組めているし、もっとたくさんの人に広げていきたいと思っているんです。
水野 :もっと広げていく上で、SMBやMID向けやエンタープライズ向けといった分類の仕方がありますが、どのあたりが多いのでしょうか?
山下 :現状は、エンタープライズ向けの企業からの依頼が多いですね。SMB向けは面でおさえてトランザクションを確保することでマーケットを取りに行くことが多いと思います。件数や効率性を重視する感覚です。
一方で、エンタープライズ向けの場合は特定の企業にしっかりと入り込んでいくことが必要で、ターゲット企業との関係構築などが非常に重要になります。そこに属人性が出るので、体系化・プログラム化をしたいという依頼や相談が多いです。

加えて、そういった大手企業でよく見られるのは、新しいチャレンジをしていることです。既存事業は売上が安定しているものの、それだけだとなかなか成長ができない。だから、新しい領域に挑戦しなきゃいけない。新サービスや新ソリューションを開発して、既存とのクロスセルやアップセルで広げていくことを考えると、売り方も変えていく必要があります。
そのため、営業スタイルを新しくしなくちゃいけないのですが、そこで「新たにできる状態にする」というイネーブルメントのニーズが結構あるんです。エンタープライズ企業で、営業の人数が多ければ多いほど、そのニーズが深いんですよ。
水野 :なるほど。ちなみに、イネーブルメントがうまくいく会社とそうじゃない会社があるとしたら、どのような違いがあるものでしょうか?
山下 :これはシンプルで、トップに強い意思があるかどうかです。売れ続ける営業を育てるためには仕組みづくりが重要だと理解していて、それをやり切れるかどうかで大きく変わります。
イネーブルメントは早期に成果が出るものではなく、仕組みをつくってプロセスを回し続け、検証して、修正して、進化させていくものです。安定的に回り続けるようになるまでに、少なくとも1年とか2年はかかります。うまくいく会社はそれを理解しているので、まず方針を打ち出しますし、データをちゃんと蓄積して、社内にイネーブルメント組織をつくるんです。
逆にうまくいかない会社は、途中で止めてしまいます。「仕組みづくりも大事だけど、まずは足元の業績を伸ばさないと」ということで、途中で徹底しなくなるんです。そうするとせっかく集めた社内のイネーブラー候補の人たちも空中分解してしまいます。
水野 :中長期的な成長のために、絶対にやり切る強い覚悟が必要ということですね。再現性や継続性につながる仕組みづくりが重要である一方で、世の中には天才肌のスタープレイヤーもいると思います。そういった天才が生まれる可能性を摘むことにはならないのでしょうか?
山下 :そういったスタープレイヤーはどういった環境でも一定の割合で出てくると思っているので、可能性を摘むことにはならないと考えています。ポイントは、イネーブルメントで組織を底上げして目標を達成する確率と、スタープレイヤーの出現率を比較したときに、前者のほうが高いだろうということです。
「2:6:2の法則」というのがありますが、イネーブルメントは真ん中の「6」を上位の「2」に近づけるイメージです。組織の大部分を上位に近づけていくためのものなので、少数である上位の「2」に頼らなくてすむメリットがあります。
上位の「2」に依存する組織だと、仮にひとりのスタープレイヤーが退職してしまうと、もうそれだけでリスクです。それに、数少ないスタープレイヤーが売上を牽引している場合、その人の意見に組織運営のすべてが左右されることがあります。そうなると、組織のガバナンスが効かなくなったりするので、いろいろと健全性に課題が出てきてしまうと思うんです。
水野 :努力を通じて成果を出す人をたくさん生み出す仕組みがイネーブルメントであり、業績や組織運営に与えるリスクも少ないということですね。
▶︎ テクノロジーの進化がイネーブルメントに与える影響
水野 :AIのようなテクノロジーの進化は、イネーブルメントにどのような影響を与えるとお考えですか?
山下 :イネーブルメントではなく、営業組織全体を主語にしたときに、生産性はさらに向上すると思います。リサーチや資料作成の時間をAIで圧縮し、そのぶん顧客に向き合う時間が増えるので。
「営業が売れ続ける仕組みをつくる」というセールスイネーブルメントの観点では、AIが何かしらのサポートをしてくれるようになるものの、勝ちパターンやエッセンスの抽出の部分、あるいはつくった仕組みを組織に落とし込むところは、まだ自動化が難しいと思っています。
定性的な部分は引き続き人間が担当し、それ以外の補助的な業務についてはAIに手伝ってもらう。つまり、優秀なイネーブラーにAIという組み合わせで営業の現場を支援するというのが、近い将来のイメージではないでしょうか。
▶︎ キャリアとしてのイネーブルメントの可能性
水野 :イネーブルメントという概念や、海外・国内での事例などいろいろとお話しいただきました。労働力人口の減少などで生産性の向上が欠かせない状況のなかで、イネーブルメントの概念を活かしたキャリアは、今後ますます注目される印象です。改めて、最後にイネーブルメントという職種の、キャリアの可能性についてお聞きできますか?
山下 :まず、イネーブラーの市場価値って、すごく高いと思っています。海外では年収で1,000万〜1,500万円のレンジです。日本ではまだ事例が多くないですが、年収1,000万円前後だと思っていて、それだけ経済的に魅力のあるキャリアだと思っています。
あとは、営業の経験を活かしながらキャリアの幅を広げることができるので、これまでとは違うキャリアパスが描けるようになると思います。セールスフォース時代には、営業からイネーブルメントチームを経て、マーケティングに進んだ事例もありますから、キャリアの可能性が広がることは大きな魅力になるのではないでしょうか。

物事を整理したり、定性的な事象を言語化・具体化することにおもしろさを感じる方。あとは、誰かの成長を支援することにやり甲斐を感じる方。そういうタイプの方であれば、イネーブラーとして活躍できる可能性が高いと思います。
逆に、「俺流を貫きたい」とか「自分のやり方をみんなに広めたい」というタイプの方には向いていないと思います。自分のやり方に自信があるのは素晴らしいことですが、組織としての勝ちパターンやベストプラクティスは何なのか?を探求していくことが重要なので、イネーブラーに求められる要件とは少しベクトルが異なると思うためです。
体系化・プログラム化して「できるようにする」というイネーブルメントの考え方は、結構汎用性が高いと思っています。私自身、あるNPO団体の支援をしているのですが、財源が限られているNPO団体において、新しく加わった職員の方をできるだけ早期に立ち上げる上でも、イネーブルメントの概念は非常に有効だと実感しています。
属人的なものが数多く残っているなど、旧来型の組織が日本にはまだまだ多いと思います。イネーブルされることで、いまよりも良くなる部分がたくさんあると思っているので、この概念を展開していくことで日本全体にプラスの影響を与えることができたら嬉しいですね。
水野 :本日は貴重なお話をありがとうございました!


