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ライバルがいない市場でサービスを尖らせる|樋田代表インタビューVol.2
インタビュー

ライバルがいない市場でサービスを尖らせる|樋田代表インタビューVol.2

2026.08.20

前回のふりかえり

プロの壁にぶつかりながらも地道な鍛錬を重ね、局アナ・フリーアナとしてキャリアを積んできた樋田氏。しかし、上京後に直面したのは「仕事がない」という厳しい現実でした。「待つだけじゃダメだ」と起業を決意したものの、手元にあったのは想いだけで……。

「事業計画書ナシ」「見込み顧客ゼロ」から始まった元アナウンサーの挑戦

─────29歳で起業することを決めたということですが、会社設立の際のエピソードを教えてください。

完全に「想いだけ」だったので、恥ずかしながら事業プランはありませんでした。会社経営についてはもちろん、法人登記のやり方も知りませんでした。インターネットで法人登記の手順を調べて会計事務所をまわったのですが、最初の数件は「やめたほうがいい」とまったく相手にしてもらえませんでした

いま思い返すと当たり前で、「資本金や資本準備金は?」と聞かれてもそんなに貯金はなかったですし、「事業計画書を見せてください」と言われても出すものがありませんでした。「顧客獲得の見込みは?」という質問にも答えられない状態でした。

4件目に伺った税理士の先生が「とりあえず進めてみましょう」と言ってくださり、必要な手順をひとつずつ教えていただきながら手続きをしていきました。当時はビジネスについて何もわかっていなかったのですが、まずは勢いだけでなんとか会社をつくることができました。

─────中身がない状態からのスタートだったのですね。最初のサービスをどのようにつくっていったのでしょうか?

アナウンサーしかやったことがなかった私は、まずは経営者に会いに行こうと考えました。お昼のテレビ番組で、ゲストが次のゲストを紹介してつなげていくコーナーがあり、それを参考にして社長版をやってみようと思いついたんです。

当時は東京に出てきたばかりだったので、経営者の知人はおらず、フリーアナウンサーの友人から紹介してもらう形でスタートしました。社長業を知るために「どういうことをされているのですか?」とお話を聞きに行き、次の方を紹介していただく。それを繰り返していき、合計で100人の経営者にお話を聞くことができたのですが、質問の仕方や相手の方が話しやすく感じる相槌など、アナウンサー時代のインタビュー経験が活きました。

─────100人の経営者インタビューから得られたのは、どのような気づきだったのでしょうか?

共通していたのは、社員の方へのお困りごとでした。簡単に言うと、社員教育や育成に課題を感じていたことがわかったんです。では、私にできることは何だろうと考えたときに、コミュニケーションの仕方や話し方の部分でご支援ができるかもしれないと思いました。これが最初の事業である「研修サービス」です。

そこから「社内のコミュニケーション課題を解決しませんか?」と提案してまわり、話し方の研修サービスをつくっていきました。「アナウンサーのスキルをビジネスの現場に」というチラシをつくり、お金がなかったのでホームページも自作して、最初は自分が講師として研修の現場に立っていました。

同時に、フリーアナウンサーの友人が「事務所に登録しているけれど仕事がない」と悩んでいたため、希望者を集めて講師勉強会を開きました。彼女たちと契約し、講師として育成して研修現場を任せ、私が営業で獲得した案件を渡すというやり方を始めました。

─────ニーズを把握し、ニーズに合うサービスを提供する「マーケットイン」のやり方ですね。講師がフリーアナウンサーというところがユニークですね。

そうですね。自分にできることは何だろう?を考えてカタチにしていったら、結果的に独自性のあるサービスになったという感覚です。

次に立ち上げたのは「司会サービス」なのですが、これはフリーアナウンサーに働きやすい環境をつくりたいという想いからつくったものです。当時はアナウンサーのプロダクションに所属していると他社経由で司会をしてはいけないという業界のルールがありました。そのため、私の会社は「アナウンサーのプロダクションではない」という位置付けにし、競合せずに棲み分けられるようにしました。

研修サービスで取引先が増える中で、企業の採用イベントの総合司会などを提案していったところ、司会のお仕事も少しずつ増やすことができました。

─────研修や司会に加え、『女子アナ広報室』のサービスも順調だと伺いました。このサービスが誕生した背景についても教えてください。

当時はアナウンサーが30人ほど所属していたのですが、常にスケジュールが埋まっている人もいれば、新規の現場に行っても次が続かない人もいました。「どうしてだろう」と一人ひとりと話をしてみたところ、同じアナウンサーというキャリアでも、バックグラウンドが違うことに気づいたんです。

たとえば民放出身者は月曜日から金曜日までの帯番組を担当しているため、経験が豊富で「人前で言葉を使って何かを伝えること」に非常に慣れていました。一方で、NHKのキャスターやリポーター出身者は、制作側が主導する番組に週に数回出演するケースが多く、演者としての経験値が少ない人が多かったんです。ただ、NHK出身者は「企画をする」という強みを持っていました。

そこで、企画力を活かしたサービスをつくろうと考え、2019年の7月に誕生したのが『女子アナ広報室』です。企業の広報代行サービスで、「どのようなプレスリリースをつくれば注目してもらえるか」や「どのメディアにアプローチすれば取り上げてもらえるか」などを考え、メディアを繋ぐ広報業務までをサポートしています。

─────2015年の起業当時は事業計画書もなかったのに、2019年までに3つのサービスを立ち上げたのはすごいですね。

いずれも「目の前にあるお困りごとや課題を解決するにはどうすればいいだろう?」という観点で立ち上げたものなので、私自身に事業づくりの能力があったわけではないと思っています。

今できることを一生懸命やる。それぞれの強みを活かすにはどうすればいいかを一生懸命考える。その時々の状況に応じて、できることに全力投球してきただけという気がします。

─────順調に事業を拡大してきたところに、コロナ禍が来ました。当時の状況はいかがでしたか?

2020年の2月ごろから「キャンセルできないか?」という連絡が増えてきました。3月にはキャンセルが多発し、4月には緊急事態宣言が出て、人が集まる研修と司会のサービスは完全にストップしました。『女子アナ広報室』は立ち上げから半年で「これからがんばるぞ!」という時期だったのですが、どの会社も経費削減で外部サービスを見直していたので、営業は非常に苦戦しました。

当時は自社採用も強化していたのですが、内定を出していたメンバーには「内定は予定どおりです。大丈夫です」と伝えました。先行きが見えない状況だったからこそ、まずは安心してもらうことが大切だと考えていたからです。

とはいえ、「大丈夫」と言い切れる確証があったわけではありません。会社がどうなるかわからない状態でしたが、社員の雇用を守り、内定者との約束を果たすという覚悟だけは決めていました。

─────研修と司会のサービスが止まるというのは業績面で非常に痛手だったと思います。そんな厳しい局面で、経営者としてどのように会社の舵取りをしたのでしょうか?

営業に苦戦したことは事実ですが、私は「どの会社も同じ状況で、自分たちだけが厳しいわけじゃない」と考えました。その上で、自分の中でストーリーをつくったんです。

コロナが何かよくわからず、世の中に不安が溢れていた当時、私は「この大変な時期でも業績を落とさずにがんばり、コロナが落ち着いた時に『いろいろあったけど気がついたらこんなところまで来ることができたね』と笑顔で言えるようにしよう」と思い描きました。あとは、思い描いたストーリー通りになるように、行動数を増やしてひたすら営業に打ち込みました。

─────悲観していてもしょうがないから、そのときにできることを精一杯やる、ということですね。

そうですね。当時、『女子アナ広報室』は立ち上げ期だったので、どのようなお客様に刺さるサービスなのか明確には把握できていませんでした。そのため、リサーチも兼ねて「モニター価格」として通常よりも安価に提案していきました。

そして、導入いただいた顧客のメディア露出実績をお客様の声として資料にまとめ、その資料を使ってまた営業するという循環をつくっていきました。研修と司会のサービスはなかなか再開のメドが立たなかったので、この時期は『女子アナ広報室』だけに絞り、提案していったんです。

実績ゼロでスタートした『女子アナ広報室』でしたが、私たちには企画が得意なメンバーがいます。元アナウンサーなので、放送局を中心にさまざまなメディアとパイプを持ったメンバーもいます。一方で、中小企業やスタートアップ企業を中心に、自社の魅力を第三者にわかりやすく伝えるのが苦手というお客様は多いです。私たちの強みとお客様のニーズがうまく噛み合い、多くの契約をいただくことができました。

このやり方を地道に続けた結果、『女子アナ広報室』は累計で2,400件のメディア露出実績をつくるサービスに成長しました。

また、先ほど業績の話が出ましたが、実はトークナビは設立してから一度も業績が落ちたことはないんです。コロナ禍で営業に苦戦したことは事実ですが、それでも常に右肩上がりの成長を続けることができています。

─────それはすごいですね!競合他社とのバッティングやシェアの奪い合いもあるかと思いますが、どのような戦略を取っているのでしょうか?

大前提として、他社とバッティングしないサービスづくりをしています。競合がいたら負けてしまうと思うので、ライバルがいない市場でサービスを尖らせる戦略です。

たとえば、元アナウンサーやキャスター、リポーターが多く所属するプロダクションがありますが、ビジネスモデルとしてはタレントや芸能事務所のカテゴリーだと思います。そこで、従来のタレントマネジメントのような案件を待つスタイルだけでなく、年齢やライフステージの変化に関わらずにスキルを発揮し続けられる仕組みが必要だと考えました。

─────具体的にはどういうことでしょうか?

司会という仕事を例にすると、拘束時間がとても長いという側面があります。現地に移動し、リハーサルも含めると6時間以上ということもよくあります。そのため、子どもができると司会の仕事をすることが難しく、フリーアナウンサーが仕事を続けることが困難な状況がありました。

そこで、「家にいながらアナウンサーの経験や知識を活かして仕事ができる仕組み」として広報の代行サービスをつくりました。これによって、まずは既存の芸能事務所の競合ではなくなりました。

現地へ行くことが難しい子育て期間は在宅ワークの広報代行で対応し、仕事に使う時間が少し増えてきたときには、移動も含めて4時間ほどで完結する研修サービスの講師として教える側に回る。このように、ライフステージを進めていくにあたり、自分の年齢や環境の変化に合わせてちゃんとシフトチェンジしていけるように設計しています。

─────それは独自性になりそうですね。ちなみに、広報代行サービスでは2,400件のメディア露出実績があるとのことですが、「広報がうまくいく会社」と「そうではない会社」の違いはどこにあると感じていますか?

最も大きな違いは、人を打ち出せるかどうかだと思います。社長であったり、社員の方を主語にして広報できるかで、結果が大きく違ってくるからです。

お客様からは「製品をとにかくアピールしたい」「製品の認知を上げたいから製品だけを出して欲しい」と言われることがあります。その際、「製品を開発した方を切り口にして広報したいのですがいかがでしょうか?」と確認しています。「大丈夫です」と言っていただければ、広報活動がうまくいくことが多いです。

「人ではなく製品を打ち出したい」と言われると、それは広報ではなく広告の領域になります。広報の文脈でメディアに露出させることが難しくなるため、私たちは営業の段階で明確に見極めをしています。

─────なぜ「製品だけ」では広報がうまくいかないのでしょうか?

製品のビジュアルや製品名だけを伝えられても、製品そのものに興味を持つことは少ないと思います。背景にある製品誕生のストーリーを知った時に初めて、製品に興味を持ったり、「購入したい」という気持ちになるのだと思います。裏を返すと、背景がわからない製品は記憶にも残りません。

たとえば、私たちの『女子アナ広報室』を打ち出すとします。その際、「アナウンサーの経験者が企業の広報を代行するサービスです」とアプローチしても響きません。しかし、「アナウンサーの世界には30歳を超えると仕事が激減していくことがあります。その課題を解決するために誕生したのが女子アナ広報室です」と伝えたらどうでしょうか。「詳しく聞きたい」と少しは感情が動くと思います。

広報内容に人を出すことができれば、ストーリーを語ることができます。人はストーリーに興味を持ち、共感するものです。そのため、最も効果的なのは社長自身を打ち出すことです。広報戦略を立てる上で最もやりやすく、効果が出やすい会社の共通点だと思います。

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次回予告

現場の声に耳を傾け、「研修」「司会」「広報代行」と独自のビジネスを次々と軌道に乗せていった樋田氏。「コロナ禍」を乗り越え、他社と競合しない事業戦略を展開します。話題は組織づくりについて、そして進化するAI時代における「人が伝える本当の意味と価値」へと深まっていきます。 次回、『AI時代に、人間が声で物事を伝える意味や価値はどこにあるのか』をお楽しみに!