『SynQ Remote』の誕生。プロダクトの提供を超えて、現場産業の変革へ
─────2017年に30歳でクアンドを創業し、どのようなプロセスを経て自社プロダクトの誕生、現在の事業モデルへと展開していったのでしょうか。まずは、初期の苦労や転機となった出来事について教えてください。
創業当初は何をすればいいかわからない状態でしたから、まずは地元のいろいろな企業に話を聞きに行きました。多くの企業がデジタルの活用に悩んでいたので、企業のIT化やWebシステムの開発といった受託開発の仕事からはじめました。バルブのメーカーから老舗の釣具屋さんまで、顧客の業種はバラバラでした。
仕事が増えるとエンジニアが不足するのですが、当時は採用ノウハウもなかったので地元の大学生に声をかけてインターンとしてプロジェクトに入ってもらっていました。
─────案件は順調に獲得できていたのでしょうか?
そうですね。私自身、コンサル出身ということもあり、課題の整理や打ち手のプレゼンが得意で、仕事自体は順調に獲得できていました。しかしあるとき、受注したのはいいものの、開発体制が追いつかないということがあったんです。
ある顧客のWebサイトを開発する案件だったのですが、納期になってもサイトが立ち上がらず、大クレームになりました。確か週末にリリース予定だったのですが、時間になってもサイトが表示されず、お客様からの電話が鳴り止まない状態になりました。
タイミングが悪いことに、そのとき私は家族と外出していて車の運転中でした。電話対応のために車を止め、半日くらいお詫びと状況説明をしていた記憶があります。お客様には本当に申し訳ないことをしてしまいましたし、苦い失敗からのスタートでした。
いろいろな案件の受託開発をしながら、少しずつ事業を大きくしていったのですが、「さらに拡大していくにはどうすればいいか」を立ち止まって考えたんです。

受託開発で成長を続けるには、優秀なエンジニア、プロジェクトマネージャー、営業を集める必要があります。しかし、北九州という立地でそれをやり続けるのは相当な難易度です。受託開発事業をスケールさせるのは難しいと感じました。
一方で、「地方にあるレガシーな産業を、テクノロジーの力でアップデートしていく」というのが私たちの原点です。社会的なインパクトを生み出すためにも、自社プロダクトで挑戦すべきだと考えました。そこで受託開発を行いながら自社プロダクトの種を探し始めました。
─────自社プロダクト誕生までのプロセスも教えてください。
最初は細々と始めました。キャッシュを稼いでいたのは受託開発だったので大きなリソースはかけられず、インターン生の中から数人だけ引き抜いて、ミニプロジェクト的にプロダクトの検討を始めました。
どの領域に向けたプロダクトをつくるのかを考えていたときに、実家の建設会社の経営に携わっていた経験が活きました。建設業を見ていると、仕事はたくさんあるのに、現場を管理するプロフェッショナルが足りないから案件を引き受けられないという課題を抱えている会社がたくさんあったからです。
優秀な現場監督がプロジェクトを管理すると、その現場は良い方向に進むのですが、そうした人材は限られています。本来であれば優秀な監督に複数の現場を任せたいものの、現場同士が物理的に離れていることも多く、移動に時間を使ってしまうためそれもできません。
「それなら、リモートで現場を管理すればいいのでは?」というのが、最初の発想です。経営者として建設会社の収益を上げようと思ったら、一人あたりの対応現場数を増やしたい。移動の大変さが障壁になっているのであれば、移動しなくても現場の状況が把握できるようにすればいい。現場と監督をリモートで繋ぐことで、稼働率や生産性が向上すると考えたんです。
─────当時はリモートで繋ぐことは一般的ではなかったのでしょうか?
そうですね。自社プロダクトのアイデアができたのは2019年の秋ごろだったと思います。当時はWebexやSkypeといったオンライン会議用のツールはあったものの、屋外でモバイル端末で手軽に使えるものはありませんでした。
ただ、そのときは開発の難しさをよくわかっておらず、リアルタイムの映像処理技術の導入にはとても苦労しましたし、安定した通信環境の確保などいろんな壁にぶち当たっていました。
転機となったのは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが開催するアクセラレータープログラム(※)に参加したことです。
(※)アクセラレータープログラム:大企業や自治体が主催者となり、スタートアップなどの新興企業の事業成長を短期間で加速させるための支援プログラムのこと。
私のプレゼンを見ていた金沢本社の三谷産業さんという企業がこのアイデアに興味を持ってくださり、開発を支援していただけることになりました。そこから1年ほどかけて一緒に開発を進めていきました。
プロトタイプを現場に持ち込み、「映像は見えるけどこちらの指示がうまく伝わらない」「通信がつながらない」という状態から泥臭く改良を重ね、現場に耐えうるものへと磨き上げていきました。そして2020年11月に、自社プロダクト『SynQ Remote(シンクリモート)』のβ版をリリースすることができたんです。

三谷産業さんは『SynQ Remote』の最初のお客様になってくださり、現在でもユーザーとして新機能の共同開発などに協力していただいています。
─────自社プロダクト『SynQ Remote』にはどのような特徴・強みがあるのか、教えてください。
『SynQ Remote』は建設業や製造業などの現場向けの遠隔コミュニケーションツールです。先ほどお伝えしたように、優秀な監督が複数の現場を移動する手間を削減することができます。
同時に、熟練者の豊富な知見を若手に継承していくこともサポートします。現場では実際の設備や状況を見ながら、進捗や作業の品質を管理します。ときには対象物を指差しながら、「この部分をもっと丁寧に進めないとダメだよ」という具合で指導したりもします。現場での会話を通じて熟練者の知見に触れ、若手は経験を積んでいくのですが、それをリモートでも可能にしました。
『SynQ Remote』の画面上にはポインタが出ますし、絵を描いたり、字を書くこともできます。現場での会話ではどうしても「これ」「それ」といった指示語が出ますが、画面越しに声とポインタを使うことで、現場から離れた場所からでも的確なやり取りが可能です。もちろんやり取りの内容は自動で議事録化されるので、あとから記録を見返すこともできます。
これらは単なる業務効率化ツールではなく、現場の生々しい課題を解決できる本質的な価値だと思っていますし、現場のドメイン知識があったからこそ生まれた強みだと思っています。
─────ほかにも、ドメイン知識に裏打ちされた価値があれば教えてください。
例をひとつ挙げるなら、ユーザーにとってとことん使いやすく設計したことでしょうか。こういったツールは、一般的にはアプリのダウンロードやID登録が必要です。また、ログインする際にはメールも使って二段階認証するものが多いと思います。ですが『SynQ Remote』は二次元コードさえかざせば、ID登録不要で誰でもすぐに使うことができます。
建設の現場は、日雇いの方も含めてさまざまな職人さんで構成されています。そのため、複雑なID管理が必須だと、現場にツールが浸透しません。理由は簡単で、管理する側に大きな管理コストが発生しますし、使う側にとっては手間だからです。私たちはそれを理解していたので、最小限の手間で使えるものを目指しました。
─────ユーザーの解像度が非常に高いですね。実際の導入状況はどうなっているのでしょうか?
2020年11月のβ版に続いて、2021年6月に正式版をリリースしました。おかげさまで導入現場数は順調に伸びています。

2022年にはICC(※1)で優勝することができましたし、2023年にはJ-Startup(※2)にも採択していただきました。
(※1)ICC:「Industry Co-Creation」の略で「ともに学び、ともに産業を創る」ことを目的にした経営者・経営幹部のためのコミュニティ型カンファレンス。同社は2022年の「ICCサミット KYOTO 2022」において「SaaS RISING STAR CATAPULT 次のユニコーンを探せ!」において優勝した。
(※2)J-Startup:経済産業省が2018年に始めたスタートアップ育成支援プログラム。ミッション・独創性・成長性などを評価軸に、トップVCや大企業のイノベーション担当者などが有望企業を推薦して選定される。
─────導入数が増え、対外的な評価も獲得されてきたということですね。現在の事業の状況について、どのように捉えていらっしゃいますか?
導入現場数やユーザー数という意味では、右肩上がりで伸びています。大手のお客様にもご利用いただける状態になっていますし、そういう意味では順調だと思っています。

ただ、SaaS事業単体として見た場合、いわゆるT2D3(※)のような爆発的な成長曲線を描けているかというと、そのレベルには達していません。「堅調ではあるが、爆発的ではない」というのが客観的な捉え方です。
(※)T2D3:「Triple、Triple、Double、Double、Double」の頭文字を取った略語。SaaSなどのスタートアップ企業が、5年間で売上を72倍に急成長させるための目標モデルのこと。
そして現在、私自身は「SaaSというソフトウェア単体を売る事業」そのものに対する考え方を大きく切り替えています。
─────考え方を切り替えているとは、どういうことでしょうか?
SaaSビジネスは、本質的にはツールベンダーが行う事業だと思っています。建設業界の市場規模は63兆円とも言われていますが、ツールベンダーとしてこの市場に入っていく場合、それぞれの建設会社が持つIT投資額の一部を奪い合う形にしかなりません。仮に、どれだけ『SynQ Remote』が優れていたとしても、顧客の業務全体の中で改善できる範囲には限りがあります。
これは、「地方にあるレガシーな産業を、テクノロジーの力でアップデートしていく」ことを目指している私たちにとって、より踏み込んだ向き合い方が必要だと感じるきっかけになりました。
さらに、絶対に使ったほうがいいプロダクトであったとしても、外部のベンダーとして存在を認知してもらい、導入してもらい、使いこなしてもらって成果を出してもらうまでには、相応の労力とコストがかかります。だからこそ、プロダクトを届けるだけでなく、より大きな課題解決につなげるための方法を考えるようになりました。
そうであるならば、ソフトウェアだけを売るのではなく、建設業界の労働力やオペレーションそのものと一体になり、そこにテクノロジーを直接介入させる。そして、アップデートした労働力を市場に提供することで、より本質的な課題解決になるのではないかと考えました。テクノロジーをプロダクトとして売るのではなく、サービスの一環や前提として組み込んでしまうという発想の転換です。
そう考えるようになってから、私たちはSaaS単体で成長を目指すだけではなく、リアルな実業とSaaSを掛け合わせる事業戦略へと広げていきました。
もちろん、年間の定期収益であるARRを高めることや、ユーザーの解約率を抑えることは、SaaS事業を成長させる上で引き続き重要です。一方で、現場産業の課題をより深く解決するためには、プロダクトを提供するだけでなく、実際の事業運営や現場業務にも入り込み、そこで得られる知見をソフトウェアやAIに反映していくことが必要だと考えるようになりました。
その具体策として実行したのが、宮崎の建設関連企業である株式会社南都技研のM&Aです。
─────SaaS事業に加えて、リアルの建設会社をM&Aするというのは非常に大きな意思決定だったと思います。周囲の反対やご自身の葛藤などはなかったのでしょうか?
賛成の意見もありましたが、慎重な意見ももちろんありました。私自身も、「SaaSとしてさらなる成長を目指しているなかで、M&Aという新たな手段に踏み出すことは本当に正しいのか?」とかなり悩みました。
しかし、より大きなインパクトにつなげていくためには、発想を広げ、戦い方を変えていく必要があるという冷静な判断もありました。そして何より、私たちの本当の強みは、現場に入り込んで泥臭くオペレーションをまわし、そこで得られた知識や経験をテクノロジーに落とし込むことにあると思っていたので、その強みが最も活きるところを選ぶべきだと考え直したんです。

─────なぜ、南都技研さんだったのでしょうか?
南都技研は長い歴史と高い技術力をお持ちですし、とても優秀な社員の方々がいらっしゃいます。だからこそ、私たちの技術と一緒になることで相乗効果が生み出せるのではないかと考えました。
最後の決め手になったのは、南都技研の社長とのオンライン面談でした。私の父は1970年創業の会社を率いる2代目なのですが、先方もまったく同じ境遇で父と同じ世代でした。それがわかったときに、何か強烈な使命感のようなものを覚えました。
「これは自分たちにしかできないことかもしれない。だから絶対に自分たちがやるべきだ」と心から思えたんです。そこで、これまで悩んでいたいろいろなことが吹っ切れて、実行を決意しました。
─────とはいえ、重い固定費や人件費などを抱えるわけですから、SaaS企業がリアルの建設会社を買うということは規格外の選択だと思います。
そうかもしれません。ただ、本当にやりたいことにアプローチできるのなら、普通ならやらないことだとしてもチャレンジしてみようと思えたんです。だから実行した。それだけだと思います。
─────南都技研さんとの調印式のときにプレゼントを持参されたと伺いました。
契約を結んだあと、南都技研の社長に感謝と敬意を込めてへラルボニーのネクタイをプレゼントしました。へラルボニーは「異彩を、放て。」をメッセージにしているブランドで、個人的に大好きなんです。
「普通じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う」と言ってくれている気がして、まさに多くのSaaS企業とは異なる道を選んだ私たちの決断やこれからの挑戦に重なると感じました。
─────これまでとは違う新しい可能性として、2025年2月に南都技研さんのグループインが発表されました。その後、同社の業績はいかがでしょうか?
状況は非常に良く、グループイン前後の期で比較すると、売上が約1.6倍、利益が約3倍になっています。現時点では、テクノロジーをオペレーションに直接介入させる意味は十分にあったと考えています。
日々の業務をテクノロジーでアップデートできたことに加え、副産物として南都技研の採用に大きな変化がありました。
もともとは、社員の平均年齢が50代後半の会社だったのですが、最近では高卒採用2名、さらには会社史上初となる新卒採用や九州大学卒の若手人材が入社し、組織が一気に若返りました。
─────南都技研さんの採用活動が劇的に変わったのはなぜなのでしょうか?
クアンドの採用ノウハウを持ち込んだことが大きいと思っています。スカウトサイトを利用したり、SNSを使ったり、転職エージェントを活用したり、採用のためにさまざまなアプローチを検討することはどのスタートアップでも当たり前です。しかし、南都技研のような地方の建設会社は、依然としてハローワーク頼みでした。
それが悪いことだとは言いませんが、これまでに試していない手法にも挑戦していこうということで、スタートアップ的な採用活動に着手したところ大きな成果につながりました。
─────これまでとは違う新しい手法に対して、南都技研さんからの反対や摩擦はなかったのでしょうか?
それはなかったです。というのも、私たちはM&Aの後の取り組みを、従来の「統合」を意味するPMIではなく、お互いをリスペクトしながら「共創」を指すPMC(※)と位置付けているからです。
(※)買収や合併後には、経営統合・業務統合・意識統合といった統合プロセスが発生し、それをPMI(Post Merger Integration)と呼ぶ。一方で、クアンドは南都技研をM&Aした後のプロセスをPMC(Post Merger Co-creation)と位置付け、「お互いの強みや個性はそのままに、足りない部分を補完し合ってともに新しい価値を創ること」としている。
この前提を置いているので、上下の関係性ではなく、横並びで同じ方向を目指す仲間としてやっていけているのだと思っています。
─────PMCを進めていく中で感じているポジティブな側面とネガティブな側面をそれぞれ教えてください。
ポジティブな側面は、今後も活用できる新たな事業の種を手にしたことです。
南都技研というドメインに深く入り込み、業務を極限まで分解して効率化しています。そのプロセスでできあがる「最も効率的に業務をまわせるテクノロジーパッケージやAIエージェント」といった仕組みは、そのまま他の建設会社に展開できる可能性があります。それに、2件目、3件目のM&A先にも活用できるかもしれません。これらは南都技研さんと一緒になったことで得られたポジティブな側面だと思います。

ネガティブというか、やってみて想定と違ったこともあります。民間市場であればコストや効率性で選ばれますが、建設業の中でも特に公共事業などの領域では、「必ずしもそうではない」ということがわかりました。
「事前にあそこに話を通さないといけない」といった独特のしきたりや空気感があり、市場原理だけでは動かない複雑な人間関係があります。労働供給力を伸ばすことができたとしても、公共事業のような領域で大きなインパクトが出せるかというと、必ずしもそうではないということを学びました。とはいえ、そういった入り組んだ状況があるとわかっただけでも収穫ですから。今後には非常に大きな可能性を感じています。

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